49 霊鳥
街からかなり走った頃、視界の先に濃い緑の森が見えてきた。
その手前、街道の上で――何かが暴れている。
「……ん?」
巨大な緑色の鳥が、荷馬車に向かって鋭い嘴を突き立てていた。
羽ばたくたびに風が渦巻き、馬たちは悲鳴のような嘶きをあげている。
近くでは冒険者のような数人の男たちが必死に剣を振るい、鳥の攻撃を受け止めていた。
「人が襲われている!」
アヤは反射的に駆け出す。
(あれは…!)
「待てアヤ! あの鳥を倒すな!」
カイザの声が鋭く響いた。
その口調に、ただ事ではない気配を感じたアヤは、刀にかけていた手を放し、そのまま鳥へ接近する。
「《ノック》!」
掌底一撃で、鳥は空高く吹き飛ばされる。
続けてカイザが風魔法を発動する。
「《エアロック》」
目に見えぬ鎖が、鳥の翼を縛り上げた。
「チッ」
鳥に襲われていた男のひとりが、突如カイザに斬りかかる。
「え?」と反射的に目を向けたアヤの背後にも、別の男が迫っていた。
その瞬間、アヤの姿が消える。
「んあ?!」
襲い掛かった男が素っ頓狂な声をあげる。
アヤは《ノック》で予備動作もなく、一気に上空へ跳び上がったのだ。
上空で見下ろすと、カイザは相手の攻撃を軽く受け流し、反撃一閃。
続く敵も、素手であっという間になぎ倒していく。
「ふん」
わずか数秒で全員が地面に転がった。
「カイザさんつえぇな」
地面に降り立ったアヤが感心すると、カイザは肩を払うような仕草で答える。
「この程度、大したことない。……さて、こ奴らに話を聞く前に、あの荷馬車を確かめてくる。アヤはここでこ奴らを見張っておれ」
「……わかった」
険しい顔をしたカイザは馬車へ向かい、しばらくして降りてきた。
両腕には、ぐったりとした人物が抱えられている。
更にカイザに続いて、手錠をされた者達が降りてきた。
「アヤ、来い」
「その人たちは?」
「エルフだ。この子は気を失っておる。少しの間、警戒しておいてくれ」
そのエルフたちは皆、長い金髪の女性で、白い肌には無数の傷が刻まれていた。
カイザは抱えていた小柄なエルフを地面にゆっくり降ろす。
「あの鳥は霊鳥と呼ばれる存在だ。普通は人を襲わぬ……拘束を解いてやらねばな」
カイザは立ち上がると、空の鳥へ手を伸ばした。
「《リリース》」
風の鎖がほどけ、自由を得た霊鳥が滑空してくる。
「クルルル」――低く柔らかな声で鳴き、寝かせた小柄なエルフの傍らに降り立った。
翼を広げた瞬間、緑の炎がエルフたちを包み込む。
アヤは思わず息を呑んだ。
「なっ…!」
アヤが飛び出そうとするのをカイザは腕を伸ばして止める。
エルフたちの傷口を、緑の炎によって燃えるように、跡形もなく消えていく。
「おぉ~……」
見事な回復に、感嘆の声が漏れる。
やがて炎が消えると、横たわっていた小柄なエルフのまぶたがゆっくりと開かれた――。




