5 冒険者登録②
「――これで試験は終了だ。ランク判定はもう少し待て。ロビーで待ってろ。」
「わかった。」
少年が訓練場の扉をくぐり、足音が遠ざかっていくのを聞きながら、ジャンは深く息を吐いた。
思わず、最初の攻撃試験の光景が脳裏に蘇る。
「……は?」
あのときは本気で目を疑った。
壁が――“あの”試験壁が、一撃で粉々に砕け散ったのだ。
まるで幻覚でも見ていたような感覚だった。だが現実だった。
訓練場の床に散らばった赤い破片が、何よりの証拠だ。
だが、それ以上に不可解だったのは、色判定だ。
壁の魔法陣は、攻撃力に応じて色が変わる仕組みになっている。
最低は灰色、一般人並み。そこから青、緑、黄、橙、赤――そして、最上位は黒。
アヤの一撃で壁は砕けたのに、表示されたのは赤だった。
……Aランク評価。
常識で考えれば、あれはS……いや、それ以上の何かだ。
だが壁の色は、あくまで“表面に受けた衝撃”で判定している。
あいつの“ノック”とやらには、何か秘密がありそうだ。
「……本当に、あれが七歳の子供か?」
そうぼやいた俺は、試験結果を携えてギルド長室に向かう。
こんな逸材、見逃していいわけがない。
あいつは――只者じゃない。
アヤがロビーで待つこと数分。再び職員がやってきた。
「アヤくんお待たせ。マスターが話したいらしいから。ギルド長室に案内するね。それにしても珍しいこともあるんだね。本当は試験が終わったらギルドカードを発行してそれを渡すだけなのに。」
(本当によく喋るな。この人。)
ギルドの奥へと案内され、重厚な扉を開けると――
部屋の奥、整然と並べられた書棚の前に、ひとりの老人が立っていた。
白髪の髭をたくわえた男性で、その佇まいには威圧感こそないが、長年の経験を思わせる落ち着きがあった。
「マスター連れてきましたよー」
「君がアヤか?」
「うん。」
「ギルド長のガロスだ。よろしく頼む。」
「よろしくお願いします。」
「それじゃあ、私は戻りますね。あんまり子供をいじめちゃダメですよ?」
そう言い残して颯爽と去っていった。
「まったく、彼女は私をなんだと思ってるんだ。」
それに苦笑いしてると、ガロスは一枚の紙を手にしながら、椅子を勧めてくれた。
「さっそくだが、君の冒険者ランクは――Dランクと判定された。」
「……え? Dランク?」
一瞬、耳を疑う。アヤは、試験中のジャンの反応からすれば、もっと上でもおかしくなかいとおもっていたからだ。
ギルド長――ガロスは、アヤの困惑を見抜いたようにうなずく。
「疑問に感じるのも無理はない。理由を説明しよう。」
ガロスはテーブルの上に数枚の紙を広げながら、静かに語り出す。
「まず、さきほどの試験は“簡易試験”に過ぎん。測れるのはあくまで基礎体力だけだ。」
「確かに、君の結果だけを見れば――最低でもBランク相当の能力はある。」
ガロスはそこで言葉を切り、目を細めた。
「だが、君には冒険者としての経験がない。」
「……」
「依頼をこなすには、実戦だけでなく知識、判断力、状況把握力も必要だ。さらに、Cランク以上の依頼となると、護衛依頼が含まれてくる。その意味が分かるか?」
「……うーん、わからん。」
ガロスは苦笑しながら、しかし真剣な声で言った。
「護衛ともなれば、盗賊との交戦もある。対人戦だ。時には、人の命を奪わなければならない場面もある。」
その言葉に、アヤは小さく息をのんだ。
「君は、まだ七歳の子供だ。そんな君に、“人を殺すかもしれない”依頼を背負わせるわけにはいかん。」
重々しい口調だったが、そこには拒絶ではなく、保護と信頼が混ざっていた。
「だからこそ――まずはDランクとして、経験を積んでいってほしい。」
そう続けたガロスは、手元の書類に印を押し、こちらを見た。
「ここまでで、何か質問はあるか?」
「いや、特には思いつかないかな。」
そう答えると、ガロスは静かに頷いた。
「これが君のギルドカードだ。励みたまえ。」
アヤが、冒険者としての一歩を、踏み出した。