42 メルの力
「一体、何が起きていたんだ?あんたなら分かるはずだろ、アメリオ王国最強の一人、ナズ=ナ=レーヴ第五近衛騎士団団長なんだから」
クロノアは、ナズ騎士団長に視線を向けて疑問を問う。
ナズの狐耳がぴくりと動いて一歩前に出る。
問いにはすぐには答えず、周りにいる騎士たちに投げかけた。
「私以外に何が起きたか分かった者はいるか?」
この時、訓練場にいたのは、まだ若く経験の浅い近衛騎士ばかりだった。誰も言葉を発せず、沈黙だけが場に満ちる。
「いない、か。メル様は無意識に幻術魔法を使われていた」
「幻術魔法?!有り得ない!俺には闇の女神ノクリアの加護があるんだぞ!そんなもので誤魔化されるはずが……!」
クロノアには信じられなかった。加護による守りがあるのに、ただの幻術魔法に掛かるわけがない。そう思っていた。
「もちろん、ただの幻術魔法ではありません。時空間にすら干渉する……ユニークスキル並みの、極めて高度な幻術魔法です」
「それってつまり……最上級魔法とされる時空間魔法を、幻術魔法と融合させた魔法ってこと、か?」
クロノアは首を傾げつつ、ナズ騎士団長に言われたことを、嚙み砕いて理解しようと、魔法に関する知識を引っ張り出す。
「そういうことです」
「そんな魔法を無意識に?」
「……はい。無意識に使われていました」
「そんなバカな……」
クロノアの驚きに、ナズも同意する。
しかし無意識、というより、まるでメルの魔力を何者かが操り、あの魔法を発動させていたかのように、ナズには見えていた。
(いや、他人の魔力を操るなど不可能。考えすぎか)
ナズはその考えを振り切り、メルを見る。
「メル様、その力は強力です。今のまま無意識に扱うのは危険ですので、レオ様とメル様の護衛として、私がいないところでの模擬戦を禁止します」
「……わかりました」
ナズによる禁止宣言に、メルが神妙な面持ちで了承した。
(メル様の教育者を変えてもらえるように、進言しないとな)
ナズとメルの会話が終わると、クロノアがメルに近づき、話しかける。
「メル……あなたこそ、俺の伴侶に相応しい。俺の目にかなったのは、生まれて初めてだ」
「結婚しよう」
一歩前に出て、王子らしく尊大な態度で堂々と求婚した。
「……へ?」
突然の求婚に、メルは目を白黒させる。
「お兄さま?!何を突然おっしゃるのですか?!」
セラフィーヌが、クロノアのその発言に最も焦り、話に入り込む。
「何って、この俺を超えるほどの才能など、他にいない。彼女こそ、運命の相手だ!」
クロノアは恍惚とした表情で興奮気味にそう語るが、セラフィーヌは、王族としてあるまじき求婚の仕方に、苦言を呈する。
「お兄さま、求婚にも手順というものがあります。それに、あまりにも突然すぎます。模擬戦で戦って興奮気味のようですので、一度落ち着いて、冷静になられてはいかがですか?」
セラフィーヌが慎重に言葉を選び、自身の兄であるクロノア糾弾せずに、戦闘による一時的な興奮状態であることを周りに聞かせて、上手くフォローをする。
「えっと……ごめんなさい。わたしアヤと結婚する約束してるから、クロノア王子とは結婚できません」
しかし、メルによるお断りの返事をされてしまい、場の空気がまたも嫌な方向になっていく。
「アヤ?誰だそれは」
クロノア王子が思わず尋ねてしまう。
「アヤは幼なじみで、魔法学園で再会するの」
メルは素直に答えて、魔法学園で再会する約束も言ってしまう。
「ほう?」
クロノアの瞳が細くなり、口元に僅かな笑みが浮かぶ。




