40 天才①
「レオ、この後、俺と模擬戦、どうだ?」
「えっ……クロノア王子とですか?」
「ああ。そうだ」
クロノアの挑戦的な笑みを見て、レオとメルはふとアヤの顔を思い出す。
「僕は構いませんが……」
レオはちらりと王子の背後に控える執事に視線を送る。
それに気づいた執事は、静かにひとつ頷いた。
「もう、お兄さま。お茶会はまだ始まったばかりですのに」
セラフィーヌが頬をふくらませるように言って、可愛らしく抗議した。
「私も模擬戦する!」
「「え?」」
メルが突然、模擬戦に参加する宣言に、レオとセラフィーヌは驚きの声をあげる。
「メルも戦うの?」
レオの問いに、メルは元気よく答える。
「うん!わたしだって強くなりたいもん」
レオは、メルの小さな手が震えているのを見て、覚悟が伝わる。
いつもレオとアヤの模擬戦を後ろで見ていたメルは、一歩踏み出そうとしている。
それをレオが、止めるわけにはいかなかった。
「……そうか。わかった」
「そういうことです。クロノア王子」
「俺は問題ない。さっそく、訓練場に行くか」
「もう少し、お話したかったのですけど、仕方ありません」
セラフィーヌが残念そうに言いつつ、立ち上がり、四人は訓練場へと向かった。
着いたのは、近衛騎士団がいつも使っている訓練場で、お茶会をしていた場所から一番近いのがここだった。
騎士達が訓練をしていたが、退いてもらい、クロノアとレオが対面する。
「レオ、一つ言っておく。手加減は必要ない。俺にも加護がある。闇の女神ノクリアのな」
クロノアが得意気ににやり笑って告げる。
(闇の女神ノクリア様か。なるほど)
レオはクロノア王子が模擬戦をしたがった理由がわかった気がした。
「わかりました。全力でいきます」
レオは了承し、瞳を黄金に輝かせた。
(負けられない。ルセリア様に相応しい男になるために、勝つ!)
心の中で気合いを入れてレオは構える。
「始め!」
審判役の騎士による開始の合図で、両者共に駆けだす。
そして結果は―――
「クロノア王子の勝利!」
倒れ伏すレオを見下ろすクロノア
「はぁ、この程度か」
クロノアはあきらかに落胆した様子だ。
「さすがは天才王子」「光の加護持ちにも勝つとは……」
周りの騎士達のざわめきが聞こえる中、メルが倒れたレオに近寄る。
「レオ、大丈夫?」
「うっ!……大丈夫」
(クロノア王子……これほど強いとは……)
悔し気に立つレオは、クロノア王子との戦いを思い出す。
魔族ガランよりも速く、力強い、クロノア王子の純粋な身体能力の高さと、レオよりも数段上の巧みな剣術により、少し先の未来が見えても捌くので精一杯だった。
しかしレオも、《覚醒》を使っていない。窮地に陥らなければ、発動しないと思っているレオには使えなかった。
メルも、まさか魔族を倒したレオが、負けるとは思っていなかった。




