37 神の加護
「……ところで、アヤは神の加護持ちか?」
アレンが突然アヤに尋ねる。
「いや、加護は貰ってない」
即答したアヤに、アレンは少しだけ安心したような顔をした。
「そうだよなぁ。加護持ちがこんなとこにいるわけないよな……」
(含みのある言い方だな)
アヤが心の中で訝しんだのも無理はない。アレンの表情には、ほんのわずかだが陰りが見えていた。
「はぁ、加護持ちはズルいよなぁ」
「ズルい?」
「ズルいだろ。なんの努力もしないで、スキルと魔法、両方使えるようになるんだぞ!」
その言葉には、嫉妬というよりも、遠く届かないものへの焦りがにじんでいた。
アヤは少しだけ眉をひそめる。
「……加護が無くても努力すれば、スキルも魔法も、身に付けられるだろ?」
「そりゃそうだけど、何年も修行して手にする力だぞ?それに、全然できずに苦しんでる冒険者が大勢いる。そういった苦労もしないで、力を手にするのはズルい!」
(何年も、か。確かに、六年修行して、ノックを習得したからな)
アレンの声は、悔しさと羨望の入り混じった本音だった。
アヤは、それを否定しなかった。ただ、まっすぐに言葉を返す。
「アレン、加護を持っているやつのことを妬んでも仕方ない……いや、むしろそれを力に変えて、スキルを手にすればいい」
「……どういうことだ?」
アレンが首を傾げる。
「力にも色々あるらしい。悔しさとか妬みも、力に変えられるさ」
「アヤって前向きだなぁ」
「そうか?俺はただ、そんなことを考えても無駄だし、ダサい」
「う゛っ」
アレンが図星を突かれて、言葉に詰まる。
アヤは笑うこともなく、淡々と続けた。
「それよりも、加護持ちが近くにいるなら、よく観察して、参考にできそうなのを見つけた方が断然いい」
(実際にレオを観察して参考になったからな)
親友のレオの姿が、アヤの心の中に浮かぶ。
「……観察して参考にする、か。考えたこともなかった。けど、神の加護の力を見て、参考になんてなるのか?」
アレンの問いに、アヤは迷いなく答えた。
「それはアレン次第だろ。加護の力を真似して、似たスキルを身につけた人だっている」
「へぇー……そういうの、初めて聞いた。アヤ、すごいな」
アレンは、アヤの言葉を噛みしめるように頷いた。
まだスキルも魔法も身についていないアレンにとって、それは確かに――希望の灯りに思えた。
「お、アヤじゃねぇか。こんなとこで何してんだ?」
アヤの姿を見つけたジャンが、声をかけてきた。
アヤは、パンをかじりながら、そっけなく答える。
「飯、食ってる」
ジャンは苦笑しながら、腰を下ろした。
テーブルの周囲にいたアレンや仲間たちが、ジャンに挨拶する。
「ジャンさんこんにちは」「こんにちはー」
「よう。お前たち」
軽く手を上げて応じたジャンは、アヤに視線を戻すと、すかさず小言を飛ばした。
「そんなん見ればわかる。嫌味なこと言うな。依頼は受けないのか?」
「今日はみんなと一緒に仕事する。色々と知れて、いいもんだ」
アヤの声は飄々としていたが、その表情にはどこか充実感がにじんでいる。
それを見たジャンは、少し口元を緩めた。
「そりゃよかった。お前にはまだ、冒険者としての知識を教えてないから、いい経験になるだろう。……ところで、カイザさんに今日のこと言ったのか?」
「いや?言ってない」
ジャンが肩を落とし、深々とため息をついた。
「はぁ、まぁいい。俺から伝えておこう」
そのやり取りを、アレンが興味深そうに見ていた。
「なんだアヤ、依頼を受けられるのか?」
「ん?あぁ」
アレンが不可解そうに聞く。
「それじゃあ、なんでこんな雑用仕事してんだよ」
「面白そうだから……それに、立派な仕事だろ?」
「……そうだけど、まぁいいや」
首をかしげつつも、それ以上は深く追及しなかった。
二人のやりとりを見ていたジャンが、口を開く。
「アレン」
「は、はい」
「後で稽古をつけてやる。アヤに仕事を押し付けて、訓練場に来い」
その言葉には、少しだけ気遣いが込められていた。
アヤが皆の仕事を奪ったと思われないように――ジャンなりの配慮だった。
「え?……わかりました」
アレンは困惑気味にアヤの顔をちらりと見やる。
ほんとに仕事押し付けていいのか?と、目が語っていた。
「アヤ、しっかり仕事しろよ」
ジャンがにやにやと嫌味に笑う。
「わかったよ」
アヤが肩を竦めて、了承する。




