36 ゴブリンという存在
「エミリさんは、ここに来てたったの五日のはず……何したんだ?」
アヤの疑問にアレンが答える。
「ん~、なんかお偉いさんたちを顎で使ってるんだって」
(顎……カイザさんもお爺ちゃん扱いしてたしな)
納得はできるが、もう既にこの街の首領みたいな扱いになってることにアヤは驚愕した。
「よし、んじゃ、次の荷だ。持てる分だけでいいぞー」
職員の掛け声に、アヤは木箱二つを軽々と持ち上げた。
「おいおい、冗談だろ。そっち十キロはあるぞ?」
「うん。まだいけるけど、こんくらいでいい?」
「ああ、うん……うん。」
二台の荷馬車に積み込み終わると、アレンたちは二手に分かれて荷台に乗る。
アヤはアレンと共に乗り、雑談した。
「そういや、アヤは知ってるか?」
「ん?」
「この前出た魔族を、俺たちくらいの子供が倒したってやつ。どんなやつか気にならないか?」
(魔族を倒したってことは……)
「……レオのことか?」
アヤ自身は魔族を倒してない。倒したってことはレオのことだろうと思い、親友の名を出す。
「レオ?誰だ?」
「俺の親友だ。エルナの町の孤児院で一緒に過ごしてたんだ」
アヤが思い出すように話す。
「あぁ、アヤはあの町の生き残りだったのか。どおりで俺が知らなかったわけだ」
アレンが納得顔でうんうんと頷く。
たわいもない話をしてるうちに、一行は商業ギルドの搬入口に到着した。
「おーし、チビッ子ども、荷下ろしだ! こっちで受け取るぞー!」
アヤとアレンたちが荷を降ろし始めると、商業ギルドから出てきた大人たちの話が聞こえてくる。
「聞いたか?ゴブリンが出たって――」
(ゴブリン?)
アヤは手にした木箱を抱え直しながら、何気なく隣のアレンに問いかけた。
「なぁアレン、ゴブリンって珍しいのか?」
「よっと、ゴブリン?そりゃ珍しいだろ」
アレンは荷物を下ろしながら応える。
「ふーん、そうなのか」
アヤが素っ気なく返したことに、アレンは違和感を感じて教える。
「なんだ知らないのか?ゴブリンは見かけたらさっさとやつけなきゃいけないんだぞ」
「なんで?」
アレンは呆れ顔でこちらを向いた。
「アヤは勇者と魔王の御伽噺を聞いたことないのか?ゴブリンが進化の果てに魔族になる話」
「あぁ……そういえば……」
アヤはシスター・クレイシアが、孤児院で読み聞かせをしていた話を思い出す。
「魔族なんてそう簡単にはなれないらしいけど、他にも厄介なモンスターに進化するから、ゴブリンを放置するのは危険なんだ」
アレンは言いながら、荷物をもう一つ担ぐ。
「なるほどな……」
「冒険者の常識だぞ?ちゃんと覚えておけよな」
「……あぁ、わかった」
アヤは魔族バラガンのことを思い出していた。
(あの凶悪な存在も元は、ただのゴブリンだったってことなのか……)
荷を降ろし終えると、一行は冒険者ギルドへ戻った。
荷車の片付けを終えたところで、ちょうど昼時となっていた。
職員の「休憩だぞー」という声に誘われて、アヤとアレンたちは、ギルド併設の小さな食堂へ向かう。
昼食を食べながら、アレンがこの後のことをアヤに教える。
「この後は、素材の仕分けか解体の手伝いだけど、暇だと訓練ができるんだ」
「なるほどな」
アヤは素直に頷いて、この後の仕事に思いを馳せる。




