34 魔族バラガンと
とある古城跡――。
魔族バラガンは、すっかり癒えた傷の確認をするように、廊下をゆっくりと歩いていた。だが、ふと足を止め、目の前の人物を睨みつける。
「ちっ!おい、ガラン!」
そこには、レオと騎士たちによって倒されたはずの、あの魔族ガランだった。
「オや?バラガンじゃナいか。生きテたノか」
「人形風情が、俺様の名前を呼ぶんじゃねぇ!」
「クックックッ!ジャあナんト呼べバ?タだノ子供に負ケたゴミと呼ンだ方がイいか?」
「貴様っ!!!!」
バラガンの背にある炎の翼が、怒りと共に激しく燃え上がる。
「奴に止めを刺した!!貴様らこそ!勇者の卵を殺し損ねておいて!何を言う!!!!」
「ハハハハハハッ!!残念ダが、あノ子供は生キているゾ?」
「何っ?!」
「そレに、おイラたちノ相手ハただノ子供じゃナかッたのデネ。ゴミと一緒ニしなイでほシイネ」
「焼却処分されたいようだな!!!!」
激昂したバラガンが、両手に炎を集め始めた――だがその瞬間、彼の体が不自然に硬直する。
「ちょっとぉ~やめてよね!僕の人形を壊そうとするのは!」
灰色の肌、小柄で可愛らしい――それでいて性別不詳の奇妙な存在が、廊下の奥から現れる。その姿を見たガランが即座に跪いた。
「マイマスター。お騒がセしテ、すイまセん」
「ホムンクルスッ!!!さっさとこれを解け!!」
「はぁ~、僕にはワーウっていう名前があるんだよ!」
ワーウは不満げに唇を尖らせながら、指先をひらりと動かす。
「ぐがっ……!」
バラガンの拘束が、きつく締め付ける。
「はっはっはっはっ!どうだ!」
ワーウが腰に手を当てて得意げに言う。
「素晴らシいでス。マイマスター。しかし、バラガンを殺してしまウと、アの方が――お怒リになられマス」
「……そうだったっけ?」
恭しく進言するガランに、ワーウが小さく首を傾げながら、バラガンへの攻撃をやめる。
「くっ……!はぁ…はぁ……」
解放されたバラガンは、肩で息をしながら睨みつける。
「今度からちゃんと名前で呼ぶように!それと、人形にも手を出さないで!」
ワーウは指を突きつけて命令した。
(くそっ……魔族になった、この俺が……!人造人間ごときに、やられ……! そのガランに、馬鹿にされる……!? くそっ、くそっ!!)
怒りをなんとか押し殺しながら、バラガンは問いただす。
「……ふぅー、ふぅー……ワーウ。奴は……どこにいる?」
名前を呼ばれたことで、ワーウは満足げに頷く。
「奴?クレイドのこと?」
「ああ。今どこにいる?」
ワーウは人差し指を唇に当てて、んーっと小さく唸る。
「どこだっけ?」
すぐ隣で控えていたガランが、無表情のまま口を開いた。
「帝国で、探し物をしテいるトの報告デス。マイマスター」
「……ああ、そうだったそうだった~」
ワーウはコロコロと笑いながら頷くと、踵を返して軽やかに廊下を進んでいった。
ガランもすぐにその後に続き、廊下の奥へと姿を消していく。
その場に残されたバラガンは、なおも怒りの余熱を燻らせながら、拳をきつく握りしめていた。
(……次は、必ず。俺の手で焼き尽くしてやる……!)
静寂に包まれた古城の廊下に、魔族の執念だけが、燃え残っていた。




