31 オリサ
カイザと戦うことが禁止されて、弟子になることが決まったアヤは、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえばさ、元グランドマスターが何でここにいるの?」
「……言っていなかったな」
カイザは顎に手を添えて、少しだけ間を取ってから答える。
「七年前、ここアメリオ王国に魔族が現れた。それ以来、儂はこの国の王都に移り住んでいる。魔族が現れるなど、百年以上なかったことだ。そして、――今回の事件。この事態が収束するまでおちおちと隠居生活などしておれん」
「ふーん?…今いるSランク冒険者たちじゃ、ダメなの?」
カイザは想定通りの指摘に、用意していた回答で応じる。
「今の儂は元グランドマスターだ。冒険者ギルドのしがらみを離れ、自由に動ける。さらに、国や教会とも連携が取りやすい立場にあるのだ。現役のSランク冒険者たちや、儂の後を継いだグランドマスターも、色々と忙しいからの」
(それにしても、まさか七歳の子供に指摘されるとはな)
カイザはアヤを感心する。
「なるほど。……それじゃもう一つ、レオを弟子にしないのはなんで?」
カイザが魔族の対応するためにいるのなら、一番に強くなってほしい人物は、光の女神から加護を授かったレオのはずだ。アヤはそう考えて質問をした。
カイザは眉をひそませ、思い出すように答える。
「レオ?……あぁ、光の女神の加護を持った子供か。フッ、あの子供には既に適任者がいるからのぉ。それにしてもお主、なかなか頭がいい」
「そりゃどうも」
アヤはそっけなく返す。
「質問は終わりか?」
会話の切れ目を感じたカイザが、確認するようにアヤを見つめる。
「ん?あぁ」
「そうか。それでは早速、訓練場でお主の力を見よう」
そう言って席を立とうとした時、アヤの声が再び場を止めた。
「……訓練の前に、オリサさんのとこ行ってくる」
「む?オリサ?」
後ろにいたエミリも首をかしげ、声を重ねた。
「オリサさん、どうしたんですか?」
二人の視線がアヤに向けられる中、口を開いたのはジャンだった。フッと柔らかい笑みを浮かべて、アヤに視線をやる。
「アヤは、オリサさんが遺跡の再調査から外されたことが、心配なようです」
「じゃ、行ってくる」
アヤはそっぽを向いて、さっさと部屋を後にする。
「あらら、アヤくんもかわいいとこありますねぇ」
エミリが微笑ましそうに言う。
「あぁ~、俺もオリサさんに挨拶してきますんで、後でアヤを連れてきます」
「うむ。頼んだ」
ジャンは頭を掻きながら、アヤの後を追う。
ギルドを出たアヤとジャンは、オリサが宿泊しているという宿屋へ向かった。
宿に入ると、一階は食堂を兼ねたスペースになっている。
カウンター越しに立っていた中年の店主に、アヤが声をかける。
「ここにオリサさんが泊ってるって聞いてきたんだけど、いる?」
店主はアヤを一瞥し、無造作に頷く。
「オリサね。ちょっと待ってろ……二階の突き当りの部屋だ」
「わかった」
二階に上がり、部屋の扉を軽く叩いてオリサを呼ぶ。
「オリサさんいる?」
オリサが扉を開けると、相変わらず背筋はピンと伸びているが、少し疲れているのか、元気で活発そうな雰囲気が薄れていた。
「おや?アヤとジャンじゃないか。どうしたんだい?」
「遺跡の調査、中止になっちゃっただろ?だから、様子を見に来た」
「アヤがオリサさんのこと心配していましたよ」
ジャンは口元にわずかに笑みを浮かべながらも、普段より一段かしこまった口調だった。
その丁寧さにアヤは小さく首をかしげ、心の中でつぶやく。
(ジャンさん、オリサさんの前だと丁寧なんだよな)
「心配してくれたのかい?可愛らしいところもあるじゃないか」
オリサは、アヤの頭を軽く撫でて、それをアヤは無表情に受け入れる。
「また依頼出したら、俺が受けるからな」
「……ありがたい申し出だけど、当分は調査に行くことはないよ」
オリサは微かに目を細めて、アヤの顔を見つめた。
アヤは驚き、意外そうな表情で問いかける。
「え?なんで…?」
「あの遺跡調査の資金元が、エルナの町長だったからね……」
「あぁ、そういうことか」
「それに、少し調べたいことができてね。ここを離れることにしたのさ」
アヤとジャンは顔を見合わせ、少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。
「……どこ行くんだ?」
その質問にオリサは得意顔になって答える。
「王都さ。再調査を外される代わりに、あそこの資料の閲覧許可をもぎ取ったのさ」
それにアヤは感心し、ジャンがにやりと笑って口を開いた。
「さすがはオリサさん、抜け目がない」
オリサは肩を竦めて答える。
「ありがとね。そろそろ準備に戻るから、もう戻りな」
アヤとジャンは、それぞれの言葉で別れを告げる。
「それじゃ、またな」
「オリサさん、お元気で」
「あんたたちも元気でやんな」
アヤとジャンが立ち去り、扉が閉まる音が遠ざかる。
オリサは部屋に戻ると、椅子に腰を下ろし、ふっと目を細めた。
思い出すのは、あの日――四日前の出来事。
「……存在を消された神、ね」




