3 模擬戦
「いくぞ! レオ!」
「いつでもいいよ」
レオが加護を授かった日から今日まで毎日、アヤとレオは模擬戦をしていた。
アヤは拳を握りしめると、地を蹴って突進した。
「はっ!」
凄まじい速度で迫るアヤ。それを迎え撃つように、レオが木剣を上段から振り下ろす。
だが、アヤは避けない。拳をそのまま叩きつけた。
木剣と拳がぶつかり、鈍器のような重い音が鳴り響く。
――ガァン!
押し負けたのは、意外にもレオの方だった。アヤの拳が剣を弾く。
「もらった!」
レオの腹部ががら空きになる。アヤはすかさず、もう片方の拳で打ち抜いた。
だが――その拳は、まるで鉄のような硬さに阻まれた。
レオは吹き飛ばされたが、表情ひとつ変えない。
一瞬の衝突で距離が開く。二人の間に、緊張が走った。
「相変わらず、厄介な技だね。アヤ」
「そっちこそ、光の加護の硬さは半端ねぇな、レオ!」
互いの力を認め合い、どうすれば相手を超えられるかを楽しんでいる。
戦いは、ますます激しさを増していった。
「がんばれーっ! アヤー! レオなんかやっつけちゃえー!」
木の陰から二人の模擬戦を見守っていたメルの応援が飛ぶ。
しかし、見ているのはメルだけではない。
「無理だよ、メル。光の女神様に選ばれたレオにアヤが勝てるわけないじゃん」
「そうそう。レオが加護を受けてから、アヤは一度も勝ってないんだよ?
加護をもらわなかったのに、まだ勝とうとしてるのが不思議だよ。」
冷めた声が、他の孤児院の仲間たちから飛ぶ。
神の加護を授かるのはとても珍しい。その中でも、光の女神の加護は別格だ。
勇者と同じ加護を持つレオが、勝つのは当たり前、それが皆の共通認識だった。
メルはムッとした顔になり、言い返す。
「今日こそアヤが勝つもん! アヤは強いんだから!」
まるでそれに応えるかのように、レオがアヤの攻撃を受けて吹き飛んできた。
「どうだ! 加護の防御結界も、今の必殺技は効いたみたいだな!」
「昨日は使ってなかったよね? 今日、完成したの?」
「そういうことだ!」
アヤがにかっと笑う。
「さすがだね、アヤ。でも、僕も負けてないよ」
立ち上がったレオの瞳が、黄金に輝く。
「僕も、今日できるようになった能力がある。……君の攻撃は、もう当たらないよ」
碧い瞳が黄金に輝いていく。それに驚き、そして嬉しそうに笑うアヤ。
「だったら――試してみるさ!」
アヤが突撃する。だが、レオはその猛攻をすべて軽やかにかわす。
まるで少し先の未来が見えてるようだ。
そして、アヤが踏み込みすぎたところをカウンターの一撃を叩き込んだ。
「…!!」
それがとどめとなり、アヤが地に伏す。
メルが慌てて駆け寄った。
「アヤ! 大丈夫!?」
「やっぱりレオの勝ちか……」
他の子どもたちは冷たく言い残し、去っていった。アヤの心配などはしない。なにせ、レオは万能なのだから。
「レオ! 早く回復して!」
泣きそうなメルの声に、レオは静かにうなずき、回復魔法をアヤへとかけた。
癒しの光に包まれながら、アヤが目を開ける。
「また負けちゃったね。」
「そうだな。でも……加護の防御は破った。次は、その黄金の目だな。
何度負けようが、最後には俺が勝つ!」
レオに挑発的に笑いかけるアヤ。
メルはその笑顔に安堵し、そして――密かに祈った。
(いつか、アヤが勝てますように)
「アヤの服。だいぶボロボロになってきたね。」
「破けてるのかっこいいだろ。」
「うーーん…?わかんない。」
さすがのメルもアヤのその感覚には共感できない。
レオにも破けてる服のどこがかっこいいのかわからないが、服には言及せず、悲しそうにぽつりと呟く。
「残念だけど……今日が最後だよ。明日は迎えが来る日だから」
「……そうだったな。もうそんなに経ったのか。レオも、メルも……行っちまうのか」
アヤが目を伏せる。
メルもまた、唇を噛みしめる。
「……行きたくない」
沈黙。誰も、何も言えなかった。
三人の別れは、すぐそこまで迫っていた。