24 二度目の別れ
ナズ騎士団長が、穏やかな口調で告げた。
「……そろそろ時間です」
その言葉に、メルが「あっ」という顔になる。つい話に夢中になって、別れの時を引き延ばしてしまっていた。
「ごめんなさい、ナズ騎士団長」
謝罪をしたメルは、急ぎ足で馬車に向かいながら、振り返って手を振った。
「それじゃ、またね! アヤ!」
あっさりとしたその別れの言葉に、アヤの胸がふと寂しさに揺れた。
だが、それを顔に出すことなく、口角をわずかに上げて返す。
「おう!またな!」
レオもまた、静かに祈るように右手を胸に当てる。
「アヤにルセリア様のお導きがありますように」
「レオもまたな」
いつも通りのレオに、アヤは別れを告げる。
それを聞いて、レオはそのまま馬車に乗り込み、扉が閉じられる。
馬車はゆっくりと動き出し、王都へと向かって走り出していた。
その様子を少し離れた場所で見ていたリオネルが、ぼそりと呟く。
「君たち三人は本当に仲良しだね。僕の入る隙がなさそうだよ」
その声には、冗談めかしながらもどこか本音がにじんでいた。
アヤはちらりとリオネルを見て、わずかに眉をひそめる。
「……メルにちょっかいするなよ」
「おや? 相思相愛ってやつですか?」
茶化すような笑みに、アヤは睨みつけて一言だけ返す。
「……うるせぇ」
リオネルは肩をすくめ、楽しげに笑みを浮かべたまま言った。
「大丈夫ですよ。あなたたちを怒らせるつもりはありません」
だがその瞳の奥には、読み取りにくい陰が潜んでいた。
(――隙がなければ、ね)
──
一方その頃、馬車の中。
メルは隣に座るレオの方へ身体を向けて、元気よく話しかけた。
「強くなるために、アヤのような特訓しなきゃだね!」
レオは一瞬で顔をひきつらせる。
(アヤの特訓……あれをメルがやったら……下手すれば死ぬ!)
脳裏に浮かぶのは、崖から飛び降りたり、重い石を何時間も背負ったりする、アヤの常識外れな訓練の数々。
「メル、アヤのやってた特訓はお勧めしないよ。メルにはメルに合った訓練がいい。せっかく魔力量も多いし……きっとルセリア様もそう言う」
(うまく説得しなきゃ。ルセリア様……お力を貸してください)
内心で祈るように願いつつ、レオは無意識に拳に力をこめていた。
「そう?」
メルが首を傾げる。レオは安心させるように微笑んだ。
「うん。ほら、三人でよくやってた瞑想とか、おすすめだよ」
「う〜ん、今は馬車の中だしね。そうする」
納得しきった様子ではないが、とりあえず応じてくれたようだった。
(瞑想が始まれば、あの状態になるはず)
そう期待しながらレオが様子を見ていると、メルは姿勢を正し、目を閉じて呼吸を整えはじめた。
「瞑想には二つ意味がある。自分の中の力を高めること。そして……目や耳が塞がれても、世界を感じ取ること」
それはかつてアヤが言っていた言葉だった。
最初はよくわからなかったが、メルの瞑想を初めて見た時、その意味が少しだけ分かった気がした。
メルが瞑想を始めると、空気が変わる。
静謐。揺らぎのない空間。そこだけ切り取られたかのような静けさと、研ぎ澄まされた感覚の塊。
(相変わらず、メルの瞑想はすごいね……石か何かかな?)
──コンコン。
突然、馬車の外から扉を叩く音がした。
レオが窓を開けると、そこにはナズ騎士団長の顔があった。
「どうしました?」
不思議そうに尋ねると、ナズ騎士団長は少し困惑した表情で答える。
「……いえ、馬車の中の気配が変わりましたので、何事かと思いまして。問題はありませんか?」
どうやらメルの気配が変わったことで、警戒して様子を見に来たらしい。
「ああ、メルが瞑想を始めたんです。こうなるので……慣れてください」
レオが苦笑まじりに言うと、ナズ騎士団長は一瞬メルの姿を確認し、納得したように頷いた。
「……なるほど。わかりました」
王都から来た近衛騎士団長にも、メルの瞑想には驚くようだ。
レオも静かに瞳を閉じ、呼吸を整える。メルに負けじと、瞑想を始めた。




