23 挑戦
「それじゃ、街の外へ行くか。ここじゃ危ないし」
リオネルとの挨拶を終えると、アヤがそう切り出した。
「アヤ、ちょっと待ってて。司教さんたちにご挨拶してくるから」
そう言ってメルが教会の中へ走っていき、それに続いてレオと護衛の騎士たちも中へ入っていく。
「……置いてかれましたね」
静かになった教会前で、リオネルがぽつりと呟く。
「ああ」
アヤは軽く伸びをしてから、突然しゃがみ込んだ――そして、そのまま勢いよく跳ねる。
体をくるりと半回転させ、逆立ちの姿勢で地面に着地。腕だけでは勢いを殺せずに、頭が地面へ激突していたが、まるで気にする様子もない。逆立ちのまま再び腕で跳ねて、今度は足で着地する。そしてまた跳ねる――。
奇妙な動きを繰り返すアヤに、リオネルは目を見開いた。
「……何をしているんですか?」
「ん? 軽い運動」
平然と返すアヤ。
「軽い……運動、ですか……」
リオネルは呆れ半分、感心半分といった表情で、その光景を黙って見守った。
やがて、メルたちが戻ってくるまで、その軽い運動は延々と続いた。
「お、戻ってきた。じゃ、行くか」
教会前から馬車で移動し、街の外――広々とした草地にたどり着いた。
アヤは周囲を見回し、ある一点を指差す。
「あそこでいいか?」
「はい。構いません」
ナズ騎士団長の了承を得て、一行は馬車を止めた。
「レオ、見てろよ……《ノヴァ》!」
アヤが勢いよく拳を振る――
……シーーン
どうやら不発のようだ。
「……あれ? おっかしいな……《ノヴァ》!」
もう一度。拳を振るが、
やはり何も起きない。
「……まだ未完成みたいだね」
レオが苦笑しながら言う。
「う~ん。あの時は……たまたまできただけ、か?」
アヤは頭をがしがしとかいた。
「……もしかしたら、何か条件があるのかもね。僕の《覚醒》みたいに」
レオが顎に指を当てて、思案顔で言う。
「ん? レオも新しいスキルできたのか?」
それを聞いたアヤが、目を輝かせてレオを見る。
「新しいというより、元から持ってた力だと思う。でも、追い詰められないと使えないんだ」
レオは肩をすくめて笑う。
それを聞いたアヤは、にやりと笑って言った。
「へぇ、面白いな。じゃあ今度戦うときは、レオをとことん追い詰めないとな」
「……あの時、僕、死にかけたんだけどね。そこまではやめてくれ」
「……そっか」
アヤは、ちょっとだけ本気で残念そうな顔をした。
「アヤ、それに……レオも。すごいね」
ぽつりと、メルが言った。
「ん? どうした、いきなり」
アヤが小首をかしげる。
「二人とも、どんどん強くなって……戦って……。……怖くないの?」
その声は小さく、不安の色を帯びていた。
「怖いぞ?」
アヤは、あっさりと答えた。
「え……?」
思いがけない返答に、メルは目を丸くする。
アヤはにやりと笑って、続けた。
「怖くても歯を食いしばって、笑って立ち向かうんだ。体が震えるなら、全身に力を込めてごまかす。体が竦む時は、叫んで自分に喝を入れる。それが俺のやり方だ」
その言葉に込められた熱に、メルは思わず息を呑んだ。
「……そう、なんだ」
彼女はしっかりと、アヤの言葉を受け止めた。
「それにさ――強いやつと戦うのって、わりと楽しいんだよな」
アヤが肩をすくめるように言うと、すかさずレオが突っ込む。
「“わりと”じゃないでしょ。アヤ、あれ全力で楽しんでるよね」
レオの突っ込みに、アヤはそっぽを向いて知らん顔をする。
その様子に、メルはくすっと笑った。
「うん……決めた。私も、強くなる!」
突然の宣言に、アヤとレオが同時に目を見開く。
アヤは面白そうににやりと笑い、レオは優しく目を細めた。
「どうせなら、俺たちよりも強くなれ」
その一言に、メルは目をぱちくりとさせる。
「え? アヤとレオよりも?」
「ああ。――ただし、そう簡単には抜かせねぇけどな」
アヤは、いつもの挑戦的な笑みでそう言った。
「ふふっ、僕も負けてられないね。ルセリア様にふさわしい男になるために、後れは取れない」
珍しくレオも、アヤと同じように挑戦的な目で笑う。
そんな二人のやり取りを見て、メルも力強く笑った。
「うん、そうだね。――私が、最強になる!」
三人の挑戦が、始まった。




