21 祈り
レオとメルは、教会でのお手伝いを終えると、いつも決まって同じ場所へ向かった。
ルグラン邸へ戻る前に、二人が必ず立ち寄る場所――それは、教会の裏にある静かな墓地だった。
「行こう、レオ」
「うん」
メルに促され、並んで歩く。
やがて足を止めた先に、小さな墓標がひとつ。
その前で、ふたりはそっと頭を下げた。
――そこには、先の魔族との戦いで、ただ一人、命を落とした騎士が静かに眠っている。
「オルビスさん、今日ね……アヤが目を覚ましたよ」
メルは柔らかい微笑みを浮かべながら、穏やかな声で話す。
魔族との戦いのあと、彼女の心にも確かな変化が生まれた。
騎士たちに感謝を伝え、名前を一人ひとり覚え、積極的に話しかけるようになった。
それが、命を賭して戦った騎士たちへの、メルなりの礼儀だった。
「オルビスさん、僕たちはたぶん明日、王都に向かうよ」
隣で手を合わせていたレオが、ぽつりと呟いた。
「明日?」
メルが顔を上げる。
「たぶんね。アヤが目を覚ますまでって言われてたから、もう……そろそろかなって」
「そっか……」
メルは黙って頷いたが、次の瞬間、俯いていた顔をゆっくりとレオのほうへ向けた。
「……ねぇ、レオ」
「うん?」
「わたし……こわい」
風がひと吹き、二人の間を通り過ぎる。
メルの声は、小さく震えていた。
「怖い?」
レオが顔を覗き込むと、メルは唇をかすかに噛んで、うなずいた。
「うん……アヤ……死んじゃうんじゃないかって」
その目には、目の前で命を落としたオルビスの姿がアヤと重なっていた。
無茶をして、命がけで戦う姿――
「……アヤは無茶するもんね。でも……どんなに無茶しても、アヤは死ななかった。だから、これからもきっと死なない」
レオは、真っ直ぐに言葉を投げた。
まるで、自分に言い聞かせるように。それでも、確かな意志を込めて。
「……そうだよね」
メルは、ほんの少しだけ目を細めて笑った。
「メルがどうしても不安なら、光の女神ルセリア様に祈ろうよ。心が落ち着くかもしれない」
そう言って、レオは空を仰ぐ。
メルはくすっと笑った。
「アヤは、神様の祈りなんていらないって言うよ。きっと」
「確かに」
レオも苦笑する。
想像できるアヤの姿が、どこか懐かしく愛おしかった。
「……だから私は、神様じゃなくて、アヤに祈るね」
メルはそう言って、そっと目を閉じた。
風の音だけが、墓地に静かに流れていた。




