閑話 戦いの後(レオ視点)②
「司教様、急患です!」
慌ただしいシスターの声に、レオの身体がぴくりと反応した。
「僕が行きます!」
司教は、レオの反応に小さく息を吐いた。
「……私も行きます。あまり無理はしないでくださいね」
どうせ止められない。そんな諦め混じりの声とともに、司教も足を早めた。
礼拝堂の扉を開けると、そこには一人の男が荒い息をつきながら立っていた。浅黒い肌に傷だらけの装備、どう見ても冒険者だ。背中には、小柄な誰かを背負っている。
「頼む! アヤを……アヤを助けてやってくれ!」
その名を聞いた瞬間、レオの足が自然と駆け出していた。
「アヤ!!」
男の背にいる子供に、レオは躊躇なく回復魔法を放つが、その姿を見た瞬間、言葉を失った。
(……ひどい……!)
身体は焼け焦げ、ところどころ皮膚が裂け、服すら形を留めていない。
見た目ではアヤかどうか判断できないほど、一体何があったというのか。
「まだ息はあるんだ。アヤは…この子は、ここで死んでいいような子じゃない。」
アヤを背負ってきた男は、語りかけるように話す。
「…できる限りのことはしますよ。寝台までお願いします。…治療の準備を」
寝台に寝かされたアヤに、司教とシスターたちも回復魔法をかけ、手すきの者が薬や包帯などの準備をする。
レオも回復魔法をかけ続けるが、魔力が底をつき、視界が霞む。
「レオ殿、後は私たちに任せて、お休みください。」
「そう…します」
レオは魔力が尽きても、加護によって意識を何とか保てているが、これ以上ここにいてもやることはない。
回復するためにもレオは眠りに着く。
「アヤああぁ……! うっ……うえぇぇん……!」
目を覚ましたレオは、遠くから聞こえるその泣き声に、少し懐かしさを感じる。
(メル、無事に目を覚ましたんだな)
しかし、アヤのことを思えば、安心していられない。起き上がろうとすると、脇腹が痛む。
「…っ!」
魔力は少し回復したが、その分、傷の回復が遅い。それでも、自分よりもひどいアヤの元へ向かおうとすると、一人のシスターが入ってきて注意される。
「目が覚めたのですね。そのまま大人しくしてください。あなたのお友達は無事ですよ。あの子のことは私たちに任せて、あなたも自分の傷を治すのを優先してください。」
「…わかりました」
レオは少し躊躇いながらも、ベッドに身を戻す。
その言葉を聞いて、自然と安心できた。
「ぐすっ……うっ、ひっく……」
泣きながら入ってきたのは、顔をくしゃくしゃにしたメルだった。
その後ろには、整った礼装をまとったルグラン侯爵が控えている。
「……ご友人のアヤ君が重傷と聞いて、私も驚いた。だが、君たちが無事で本当によかった。
王都から近衛騎士団が向かっている。それまでの間、必要があれば我が邸に滞在してもらって構わない。
教会にいるより落ち着けるかもしれん――メル嬢、君だけでも先に来るかね?」
「……ううん。すんっ……もう少しだけ、ここにいたいの……」
涙をぬぐいながら、それでもまっすぐにそう言うメルに、侯爵は静かにうなずいた。
「そうか。ならば無理は言うまい。
私は一度戻るが、いつでも来たまえ。君たちの場所は、常に空けてある」
侯爵の姿が見えなくなると、部屋に静かな落ち着きが戻った。
メルはそっとレオのそばに寄り、心配そうな顔で声をかける。
「レオ…傷痛い?」
「大丈夫だよ。ルセリア様のご加護が、僕をまだ離さないから。」
その言葉を聞いたメルは、また女神の話するいつものレオに安心し、少し元気を取り戻した。




