2 約束
8/5 追記しました。
歴史に名を残す英雄や勇者のほとんどは、神より加護を授かり、その力をもって世に貢献してきた。
だからこそ、七歳の「加護の儀」は、子供たちにとって人生の大きな節目であり、希望と不安が入り混じる特別な日なのだ。
「おおおぉぉ……」
加護の儀でレオが光の女神ルセリアの加護を授かった瞬間、神殿中がどよめいた。
黄金の光に包まれたレオは、恍惚とした表情で天を仰ぎ、ひとしずくの涙を流していた。
それは、まるで何かに心を奪われたかのようだった。
「よかったな、レオ」
アヤがそう声をかけると、レオは少し照れたように目を伏せる。
「ありがとう」
だが、隣のメルはどこか不機嫌そうな顔をしていた。
そして、ぽつりと呟く。
「……アヤは、悔しくないの?」
「ん? なんで?」
「だって、アヤは強くなるためにあんなに頑張ってたのに……」
アヤの頑張りを見ていたメルには、アヤに神の加護が授からなかったことを不服なようだ。
アヤは肩をすくめ、淡々と答える。
「ああ、俺は祈らなかった」
「え? なんで?」
「俺は自分の力で強くなりたいんだ。だから加護はいらない」
メルは小さく「あっ」と声を漏らすと、どこか安心したように笑った。
「そうだったんだ。なーんだ」
レオはメルの方を見て、さらっと爆弾を投下する。
「メルはアヤのこと好きだよね」
その言葉にメルはぴたりと動きを止め、顔を赤らめてうつむく。
「……うん」
その返答に、アヤの顔も熱くなった。
アヤは恥ずかしさを誤魔化すように、別の話題をレオに振る。
「……レオ、加護もらったとき泣いたろ」
「え? うん」
「なんで泣いたんだよ」
からかうように問いかけると、レオの目が急にキラキラと輝きはじめた。
「それは、僕の祈りがルセリア様に届いたのが嬉しくて。それで、頭の中にルセリア様のお姿が見えて……それが、美しすぎて……とても言葉では表現できない美しさに、感動してしまったんだ」
アヤの思惑通り、話題変更には成功したが、これはやっちまったなと困り顔になるアヤ。
またレオの女神愛が暴走を始めてしまった。
でも、メルはくすくすと楽しそうに笑っている。
「僕、ルセリア様に相応しい男になるよ。強くなるために特訓する。勉強もするし、魔法も身につける。毎日五回はお祈りする。発声練習もするし、光合成も頑張る!」
「……後半おかしい気がするけど、頑張れ」
「レオは女神様好きすぎだね」
たわいもない話をして加護の儀の後の魔力検査まで時間を潰した。
魔力は誰もが持つものだが、その量には大きな個人差がある。神の加護を受けずに活躍する者たちは、総じて、生まれながらにして膨大な魔力を備えている。
メルの番になり、水晶に手を置いた瞬間、装置がまばゆく輝き、周囲がざわめく。
「ば、バカな……」「これほどの魔力量、聞いたことがない……」
「測定器が壊れてるんじゃ……?」
再検査でも結果は同じ。
レオの加護の時とは違い、湧いたのは歓声ではなく困惑だった。
視線を浴び、メルは戸惑いながら小さく身をすくめた。
「すごいじゃないか、メル!」
アヤが励ますように、わざとらしく大きな声を出す。
「……アヤ」
まだ不安げなメルに、今度はレオが優しく微笑んだ。
「すごいよ、メル。ルセリア様も、きっと微笑んでくださる」
「……またルセリア様? レオってほんと好きだよね」
くすっと笑ったメルの顔は、少しだけ明るさを取り戻していた。
加護の儀と魔力検査も終わり、この日は特に話もなく、孤児院に戻った。
翌日、レオとメルが魔法学園に推薦され、入学までは王宮で教育を受けるという召喚状が届いた。
これにメルが動揺する。
「……アヤは?アヤも一緒だよね。」
困ったように笑って、アヤは首を横に振った。
「俺は呼ばれてないから、一緒には行けないよ」
メルの目に、涙がにじむ。
「嫌!……アヤも一緒がいい……!」
ぽろぽろと涙をこぼしながら、メルは顔を伏せた。
アヤは、しばし言葉を探した。
そして、まっすぐにメルを見て言う。
「一緒には行けないが――俺も王都に行くよ。そして、自分の力で魔法学園に入学する」
「……ほんと?」
「ああ。約束する」
メルは目を見開き、そっと頷いた。
「絶対だよ」
「絶対だ」
そっと重ねた手に、メルの泣き顔のままの笑顔が浮かんだ。
その横で、レオが微笑む。
「大丈夫。ルセリア様がアヤを導いてくれるさ」
「いや、俺には加護ないから」
アヤが呆れたように言い返し、メルがくすくす笑い、レオも優しくうなずいた。
三人の空気は、どこまでも穏やかだった。