閑話 撤退
「あ……の、小僧……ッ! ガフッ」
ボロボロのバラガンが、血を吐きながら膝をつく。
「あんな……力を、隠し持っていたとはな……ガハッ……回復せねば……」
既に目的は果たされた。だが――
「許す……わけにはいかん……!」
バラガンが、燃え上がる瞳でアヤを睨みつける。
「《インフェルノ》!」
小さな火球が、アヤへと飛ぶ。
着弾の瞬間、炎が爆ぜ、周囲に燃え広がった。
「フハハハ……焼け死ね……!」
笑いは、次第に濁っていく。
「はぁ、はぁ……もう……用はない……」
ベルトに取り付けられた魔導具に手をかけると、黒く楕円形の穴――転移門が開く。
バラガンの姿は、燃え残る瓦礫の中から、静かに消えた。
それを――観ていた者がいる。
ジャンだ。
闇の向こうに消えていくバラガンの姿を、歯噛みして見送るしかなかった。
胸を焦がすような悔しさを飲み込み、ジャンは視線を落とす。
その先に――まだ炎に焼かれているアヤの姿があった。
跳ねるように駆け出す。
「アヤ……! 死ぬな!」
アヤの生存は、もはや絶望的だった。
走るジャンの脳裏に、ガロスと合流したときのやり取りが甦る。
――「ジャン、少し援護をしろ。その後、お前は下がれ」
ガロスの命令だった。
「それは……アヤが戦ってるんですよ!」
思わず声を荒げていた。
「お前にはこの戦いを見届けて、奴の情報をギルド本部に伝えろ。アヤのことは儂に任せろ」
淡々とした口調。だがそこには、戦場を知る者の重みがあった。
「……わかりました。アヤを任せましたよ」
請け負った自分に、満足げに頷き、ガロスは戦場へ向かっていった。
(死なないでくださいよ、ギルド長)
ジャンは矢を構え、魔族に狙いを定めた。
「《レインボーアロー》!」
魔法の矢を放つ。相手の弱点を見極めるために。
「奴の弱点は雷だ!」
叫ぶ。それが、自分にできる最大の援護だった。
あとは下がって、この戦いを見届ける――はずだった。
問題は、アヤが素直に下がるような子かどうか、だ。
「この、頑固者が!!」
ギルド長の命令すら無視してアヤは立ち向かおうと構える。
「あの、バカ……!」
悪態をつきながらも、ジャンは魔族との会話に耳を澄ませる。
情報は、何よりも重要だ。
(七年前のあの魔族……バラガン、か)
会話が終わると同時に、バラガンの炎が町を焼き尽くしていく。
(くそっ……くそっ……!)
ただ見ていることしかできない。その現実が、あまりにも苦しい。
そして、ガロスが炎に焼かれた。
「ガロスさん!!」
叫びとともに、ジャンは走り出していた。
そして、アヤが魔族に向かっていくのが見える。
ジャンは、矢をつがえた。
「《ボルトストライク》!」
強力な雷の矢が、音を裂いて放たれる!
矢は直撃――アヤの貫手も命中し、ガロスの追撃も入った。
しかし、それでもバラガンは倒れなかった。
三人が力を尽くしても、致命傷には至らなかったのだ。
そして――爆発が起きた。
爆風に巻き込まれ、ジャンの意識は数秒、飛んでしまった。
……目を覚まして、すぐさま状況確認し、町の端まで飛ばされてしまったことに気づく。
「くそっ!どうなった?」
直後、凄まじい衝撃音が鳴り響く。
「なんだ?!」
音がした爆心地に向かって走ると、遠目で見たのは、倒れたアヤに炎の魔法が着弾したところだ。
「っ!」
その魔法を放ったであろう魔族バラガンは更に遠く、瀕死の状態だった。
「アヤがやったのか?!」
(好機だ!あれなら俺でも止めを刺せる!)
止めを刺すべく弓に手をかけた時、バラガンは何もない空間に闇を出現させ、その闇の中に消えた。
「何?!…くそったれ!」
あれはなんだったのか。だが、消えてしまったバラガンのことよりも、アヤとガロスの救出に動いた。
17話目として書いたのですが、話の流れ的にボツにしたやつ。とはいえ必要な話なので、閑話にしました。




