12 メルの戦い?①
馬車の中、メルは固く拳を握りしめていた。
レオが飛び出していってからも、彼女は馬車から一歩も出られなかった。
外に出ても自分には――戦う力が、なかった。
だからこそ歯がゆかった。
レオが戦っている。あんなに恐ろしい魔族相手に――命を懸けて。
自分は何もできないまま、ただ見ていることしかできなかった。
「……っ」
馬車の周囲では、騎士たちが必死に戦っていた。
馬車を、私を守るために。
(お願い……死なないで……)
目を閉じても、耳を塞いでも、外の音がすべて伝わってくる。
剣戟の音、怒号、不快な魔族の声。
そして――レオの叫び。
レオが倒れた時、メルの視界が暗転した。
(レオ……レオ!?)
息が苦しい。胸が痛い。
でも――レオは立ち上がった。
剣を掲げ、再び魔族へ立ち向かっていく。
その姿に、安堵と歓喜と、それ以上に言葉にできない不安が押し寄せた。
まるで心が千々に引き裂かれていくようだった。
そして、レオは勝った。
あの恐ろしい魔族を――打ち倒したのだ。
(やった……! レオが……やったよ!)
歓喜が胸に満ちて、思わず涙がにじむ。
でも――それもほんの一瞬だった。
「……うそ……」
レオに、もう一体の魔族が襲いかかる。
そして、倒したはずの魔族までが、立ち上がる。
(なんで……どうして……)
さらに。
自分を守ってくれていた騎士の一人が――叫びながら突撃した。
「あ……!」
剣を振るう彼の姿が、まぶたに焼きつく。
バスクの操る武器が殺到する。
それでも騎士は止まらなかった。
(やめて……! だめ!!)
祈りは届かず、騎士は――その命を散らした。
「いやあああああああ!!!」
絶叫が、馬車を震わせる。
(なんで……なんでこんなことに……)
(私に……)
「私に……!」
(もっと……!)
「もっと……!」
(「力があれば!!」)
その瞬間、メルの中で何かが――はじけた。
体の奥底から、熱が噴き出すようにこみ上げる。
胸を焼き尽くすような想いと一緒に、膨れ上がる、紫の瞳が妖しく輝き、暴れ出す――魔力。
そしてメルは、何者かと重なり合った。
「なんだ……? この魔力は」
バスクは、戦場に満ち始めた異様な気配にいち早く反応した。
馬車の中にナニカがいる。それを悟った瞬間――バスクの判断は、速かった。
「《エグゼキューター》!」
その声には、焦燥と――本能的な恐怖が混じっていた。
命令と同時に、周囲に漂っていた全ての武器が殺到する。
そして、バスクが切り札として温存していた、一際巨大な黒剣が召喚され――空気を裂き、標的へと突き刺さった。
瞬間、世界が沈黙する。
地響きすら一瞬遅れて届くほどの破壊音が、戦場を呑み込んだ。
バスクは全力をもって仕掛けた。それほどの異様な魔力だった。だが、それも今ので終わらせた。
静かに右手を下ろす。空を漂っていた武器が、命令を解かれたかのようにゆっくりとその場に浮かぶ。
そして、煙の晴れた先――
「……なっ……!」
崩れた馬車が現れるはずだった。馬車を攻撃したのだから。
しかし、そこにあったのは――魔族、ガランの亡骸だった。
「どういう……ことだ? 馬車を……確かに、馬車を攻撃したはずだ……!」
それだけではない。
その場にはもう、騎士たちの姿も、加護の子供の姿もなかった。
馬車ごと、まるで幻のように、すべてが――消えていた。




