愛猫との一時
ケティのついでのように決まってしまったデビュタントの参加に、ルーナは頭を悩ませていた。着ていくためのドレスを持ち合わせていなかったからだ。
「にゃーん」
「大丈夫よメリーベル。たしか奥に一着だけドレスがあったはずだから」
自室のクローゼットをあさりながら、足元に擦り寄ってきた愛猫であるメリーベルに話しかける。
メリーベルとは、ルーナがまだ魔力測定の儀式を行う前に出会った。庭で蹲っていたメリーベルに、ミルクをあげて世話をしてあげたときからの付き合いだ。
懐かれてしまったのか、どこからともなく部屋へと入ってきては、こうして擦り寄って来る。
ルーナにとってはエルシー伯爵家で、メリーベルと過ごす時間が唯一の癒やしだった。
「あったわ。ほら見てどうかしら?」
汚れてはいないが、一目で型落ちしているとわかる薄ピンクのAラインドレスを広げる。所々ほつれており、手直しは必要だが着れないことはなさそうだ。ルーナの銀に近いプラチナブロンドの髪とも相性がいい。
ケティがこのドレスを見たら、酷い格好だと笑うのだろう。けれどルーナにとっては一張羅。笑われようと着ていくほかないのだ。
「ぶるぅにゃ」
「そんなに不貞腐れてどうしたの?」
不満げな声を漏らすメリーベルの、薄青みかかった銀色の毛を撫でてやる。
ケティと同色の薄ピンクの瞳を細めながら、ルーナは「平気だ」と自身に言い聞かせる。
二十二歳を過ぎたルーナは社交界デビューをするには遅すぎる。二十歳になるケティですら遅いほどだ。
ケティのデビュタントが遅れた理由は、父親が溺愛するあまり閉じ込めておきたいと駄々をこねたからだった。けれどケティと母親の説得があり、ようやく来月はデビュタントを迎える。
まるで陳腐な仲良しごっこを見ているような心地だった。ルーナだけがいつも蚊帳の外に立っている。
魔力のない無能令嬢のレッテルは一生消えることはない。
デビュタントに行くことが不安な理由は、そのことも原因だった。
エルシー伯爵家から魔力なしの令嬢が出たことは、当時かなりの話題を呼んだ。面子が潰潰れた両親は、これ以上恥をかかないためにルーナを一目から避けさせるようになった。きっと社交界では、ケティとは違う意味でルーナも話題に上がることだろう。
(憂鬱だわ……)
メリーベルを抱き寄せると、柔らかな毛に顔を埋めてため息を零す。慰めるように頬を舐めてくれたメリーベルに、ルーナは下手くそな笑みを返した。