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魔力なし令嬢

微かに埃の残る外窓の縁を雑巾で拭きながら、ルーナは空を仰いだ。外は晴天で、中庭からは妹であるケティの笑い声聞こえてくる。光を受けて眩しいほどに輝いている金色の髪が、そよ風に吹かれている様子が見えた。春風を閉じ込めたように可愛らしい、つぶらな薄ピンクの瞳を持つ美しい容姿をしているケティ。


 優雅に紅茶を飲みながら、両親と談笑しているようだ。


 バケツの中の黒く染まった水で雑巾を洗い流しながら、ルーナはため息をこぼしかけた。


「いつまで掃除をしているんだ!紅茶がなくなったからはやく新しいものを作ってこい!」


「っ、は、はい!すぐに取ってきます」


 父親の怒鳴り声に肩をはねさせる。慌ててバケツの取っ手を掴んだルーナは、屋敷へと駆け入った。掃除道具をしまい、手を洗ってから厨房へと向かう。


 厨房では料理長が風魔法を使い、野菜を切っていた。邪魔にならないように後ろを通りお湯の入ったポットと茶葉を手に持つ。


「ルーナ様は相変わらず雑用係か」


「ふっ、仕方ないだろ。魔力がないんだからさ」


「名門に産まれたのに勿体無いよな」


 使用人達の声が耳に届く。けれど慣れているルーナは、気にすることなく厨房を後にした。


 ルーナの産まれたエルシー伯爵家は、優秀な魔法使いを排出してきた名門だ。


 この世には魔法が存在している。個々の魔力量と得意な魔法により、将来が決められてしまうほど魔法は重要視されているのだ。


 十歳になると魔法の適性を測る儀式を行うことが義務付けられている。エルシー伯爵家の美しい長女として、期待を一新に背負ってきたルーナも同じように魔法適正の儀式を受けていた。


 けれど儀式の結果、ルーナの体内には魔力が欠片も存在しないことが明らかになったのだ。平民でさえ微量な魔力を有している中、名門であるエルシー伯爵家から魔力なしの子供が産まれてしまった。


 ルーナは両親の期待に応えられず、それからは空気のような存在として扱われることになった。


 後に儀式を受けたケティが、膨大な魔力と雷の魔法を扱う力を有していることがわかると、ルーナはますます酷い扱いを受けるようになる。使用人のような仕事をさせられ、食事も残飯を与えられる。ときには忘れられて二、三日食事を与えられないこともあった。


「遅いぞ!無能の癖に、こんなこともできないのか」


「……申し訳ありません」


 庭に着くと、父親がルーナを睨みつけながら悪態ついてくる。母親はルーナに無関心で、目を合わせようともしてくれない。


 胸が引き裂かれてしまいそうなほどの悲しみを何度も味わってきた。そのたびに、諦めという感情が増していき、今では両親の態度になにも感じなくなり始めている。


「うふふ、お父様ったら怒るだけ無駄よ。お姉様も、早く紅茶を入れてちょうだい。無能でもそのくらいはできるでしょう」


 ケティがバカにするように発した言葉に、ルーナの心が微かに締め付けられるような痛みを感じる。


 儀式を行う前まではよく懐いてくれた二つ歳下の妹。


 ルーナはケティのことが可愛くてしかたなかった。けれど今となっては、昔の頃のような関係に戻ることは不可能だ。


「そうよ。ケティが待ちくたびれているでしょう。早くしなさい」


「……すぐに用意します」


 両親にとってエルシー伯爵家の娘はケティだけなのだ。


 毎日その事実を突きつけられてしまう。この世では魔法がすべてだとわかっていても、ルーナはやりきれない感情を抑えることが難しかった。


「ねえ、デビュタントのために新しいドレスを買ってくれるでしょう?」


「もちろんだよケティ。お前は期待の星だ。お前を見るために沢山の人が出席してくれるそうだからね」


 ケティの甘えた声に父親は頬を緩めた。


 今年開催されるデビュタントボール(チャリティ舞踏会)には年頃の子女が多く参加する。その中でもエルシー伯爵家の有望株であるケティは注目の的だった。


 ルーナもデビュタントをするには充分な年齢は過ぎている。けれど、両親はルーナが社交界に出ることを良しとしてくれない。


「ねえ、お姉様を連れていきたいの」


 ケティの提案に両親だけでなくルーナ本人も驚く。デビュタントに参加することを自慢してくるであろうことは想像していた。けれどルーナを連れていきたいと言い出すとは、考えてもいなかったからだ。


「ルーナをだと?こんな無能と居てはお前の邪魔になってしまう」


「もうお父様ったら~。ねぇ、お姉様と並んだ私はどう見えるかしら」


 わざとらしくルーナへと顔を近づけてきたケティ。逃げることもできず固まっていると、父親と母親が突然笑みをこぼした。


「ルーナと並ぶとケティの輝きが一層強くなるな。よし、世話係として同行させることを許可しよう」


 満足そうな三人を、どこか遠い意識の中見つめる。


 つまりはルーナのことをケティの引き立て役にしたいということだ。わかりやすい嫌がらせ。ルーナは喉元まででかかった屈辱的な悔しさを、必死に耐えた。


 ──魔法が使えないことが、そんなにも罪なことなの?


 ルーナには理解できない感覚だった。



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