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0-2 北見達樹と不知火無垢

 不知火さんに連れられてやってきたのは、図書室内にあるとある一室。僕の通う一川高校は図書館が大きくて、その中にはいくらかの打合せスペースみたいなものがあるのだが、その中の一つだ。

 大きさは八畳ほどで、中央に正方形のテーブルが一つで上には何も置かれていない。椅子は一脚しか出されておらず、普段から一人しかこの場所を使っていないことがうかがえる。


 正方形のテーブルを用いて斜めの位置取って椅子にかけてから、僕は尋ねた。


「ここは?」


「スケ部の部室です」


「スケ部? スケベ部ってことでいいのかな?」


「スケ部です。イラストスケッチ研究部の略ですね。所属する部活を変な風に言わないでください」


「それはごめん」


「許します。どうせスケ部は今部員が私だけですし。あ、だから、誰も来なくて二人っきりなんですけど」


 男を誰も来ない場所に誘うなんて、そんなもうセックスOKのサインでしかないじゃないか!

 もしかして相談ってあれか? 「私のあそこの形、変じゃないか見てもらってもいいですか?」的なことか? そこからセックスに持っていこうって魂胆に違いない!

 なんてスケベな女子なんだ。性欲を男性器に隔離した僕じゃなかったらあっという間に好きになっていたぞ。

 しかし、僕はそんな手には乗らない。ちょっと勃起するだけだ。


「不知火さん、セックスしたくて僕を誘ったのかもしれないけど、やめた方がいい。

 硬いところで横になると体が痛くなるからね」


「全然誘ってませんけど!?」


「もう言動からして誘ってるじゃないか」


「それです。相談したいのはまさにそれなんですよ」


 真剣な声で、不知火さんは続ける。


「今のも、さっきの男の人も、誘ったのはそっちじゃないかって言っててですね。

 でも私、自分から誘ったとか誘惑したとか、そんなことは一度もないんですよ」


「無自覚だったと?」


「そうなんです! どうも男の人を勘違いさせがちでして」


 そこからの彼女の悩みをまとめるとこうだ。


 彼女、不知火無垢は昔からモテたらしい。

 当然たくさん告白をされてきたわけだが、断ると相手はいつもこう言ってきたらしい。

「優しくしたのそっちだろ」「お前、俺のこと好きじゃなかったの?」「誘ったのそっちじゃん!」「じゃあそんなに距離近くすんな」「セックスできると思ったのに」

 おかげで中学時代はビッチ扱いされ、周囲から変な目で見られてきたのだとか。

 高校ではそんなことがないようにと、同級生が誰もいないような学校に進学し、行動を改めようと思ったが、今日の通りうまくいかず。

 どうも自分の普段の言動、自然な立ち振る舞い、何気ない一挙手一投足が男を勘違いさせているんじゃないかという考えには至るも、どれがそうなのかわからない。


「そんな中、達樹先輩です。

 言いましたよね、そうやって誘惑するなって。

 先輩なら、私のどれが誘惑行為なのかわかるんじゃないかなって思ったんですけど、どうですか?」


 身を乗り出し、顔を近づけて聞いてくる不知火さん。

 ふわりと甘いにおいがする。


「とりあえず、ちょっと離れてくれないかな」


 ブレザーでうまく隠してごまかせているが、既にギンギンなのだ。

 あんまり近づかれるとあっさり発射してしまいそうだ。


「ご、ごめんなさい」


 指摘され、不知火さんが身を引いた。

 軽く深呼吸をして、心臓とちんちんを落ち着かせる。


「とりあえず、そうやって急に距離を詰めてくるところじゃないかな。物理的にも精神的にも」


「物理的はわかりますけど、精神的にとは?」


「さっき、急に僕のことを名前で呼んできたじゃないか。達樹先輩って」


「何か変ですか?」


「やれやれ、僕じゃなかったら、今頃君はレイプされていたよ?

 子供ができお腹が大きくなってしまっても文句が言えないほどだ」


「そこまでですか……?」


「男の性欲はすごいからね。理性よりも下半身で行動する生物だから」


「でも先輩は、私の言動に勘違いをしないでいてくれます。

 そして、私が無自覚にしてしまっている誘惑行動を指摘することができます」


「それで?」


「よければ、私が男性を誘惑しなくなるように、ご指導いただくことは、可能でしょうか?」


 脇をぐっと締めてもじもじしながら、上目遣いで尋ねてくる。

 かわいい。

 おかげでまたも勃起指数が上昇してしまった。

 なんでお願いするだけでこんなに誘っているような行動ができるんだ。

 これで狙ってないとかどうなってんだ。


 ……こんな女の子と関わったら、危ない。


「悪いけど、断るよ。君に変なことをしそうで怖い」


「そうですかそうですか」


 断られたはずなのに、なぜかニコニコの不知火さんが表情を暗くする。


「私のことを考えてそこまで言ってくれるなんて、やっぱり私の目は間違っていませんでした!」


 節穴もいいところだ。


「ともかく僕は断るぞ」


「いいんですか? 勃起パイルバンカー先輩。あるいはぼっき・ざ・ろっく先輩」


「……⁉」


 こいつ、なぜその名を……はっ!?

 

『中学時代にビッチ扱いされ、高校ではそんなことがないようにと、同級生が誰もいないような学校に進学した』って、まさか!


「君、十二川中出身?」


「はい。達樹先輩とおなちゅーです」


 おなちゅーなんて、なんて卑猥なこと言うんだこいつ!

 それは絶賛自慰行為中を意味する単語だ!

 この無自覚セクロスモンスターめ!


「名前が同じだったのもそうですが、先輩の伝説は十二川中でいまだに語り継がれておりますので。

 その、あそこがとても大きくて、机を貫いたとかなんとか」


「へこませただけ!」


「鉄をへこませてる時点で十分すごいですけど……」


 最悪すぎる伝説だ。


「で、どうしますか?

 先輩の過去、私全部知ってますけど、どうします? 

 いろいろ隠しているみたいですけど、ばらされたくなかったら、わかってますよね?」


 脅迫とは、ぐぬぬ。

 しかしこの言い方さえこちらを誘っているように聞こえる。事実、ズボンとブレザーの下でちんちんがプルプルと震えている。

 僕じゃなかったら全裸になって「好きにしろ」と身をささげているところだ。


「二つ、ルールを決めるなら受けてもいい」


「なんでしょうか?」


「一つ。合言葉を決めよう」


「合言葉、ですか?」


 不知火さんが、人差し指を顎にあてる。だからそういう仕草が誘惑なんだ!


「不知火さんが本当に嫌ならその言葉を使うってもの。

 お前の無自覚誘惑すべてに気付けるほど鋭くはないからね。

 僕が勘違いした際の対策だ」


「なるほどですね。もう一つは?」


「その言葉が一度でも使われたら、関係は終わりにする」


「して、その言葉は?」


「勃起パイルバンカー。それとぼっき・ざ・ろっく。

 これで君は、僕をその言葉で揶揄することはできなくもなる」


「なるほど……、私たちだけのヒミツですね」


 この言葉選びをナチュラルにしているのだとしたら、相当なナチュラルボーンビッチだな。

 おかげで僕のちんちんが熱い。


「というわけで、それでいいんだったら構わないよ、不知火さん」


「わかりました。よろしくお願いしますね、達樹先輩」


 言ってから、不知火さんが視線を僕の下腹部に向ける。


「こっちの達樹先輩も、お願いしますね」


「僕のちんこに話しかけるな!」


 ピクピク!


「あ、どうもです」


 まるで別の生物のように反応してしまったちんちんに、不知火さんが頭を下げた。やめて、もっと反応しちゃうから! 勃起のインフレ進めないで!


「そういえば、先輩のメリットの話、してませんでしたね」


「僕のメリット?」


「私は先輩から無自覚誘惑の情報を聞く。その代わりに私がするのが、先輩の条件が秘密を黙っておくだけだなんて、それは不公平です」


「最初にそれ言い出したの君だけどね」


「というわけで、先輩のメリットなのですが……、何か、私にしてほしいことありますか?

 できることなら何でもしますよ!」


「だからすぐそうやって人を誘惑するようなことを言う……」


「あれ、私また何か言っちゃいましたか⁉」


「何でもするなんて言っちゃだめだよ。

 もうバレているから見せるけど、ほら、僕のちんこがガンガンギギンギンガマンだ」


 僕はあきらめたようにブレザーをどけ、パンパンになったズボンを見せつけた。


「何というか、雄たけびが轟いてる感じです。

 ちなみに女子の後輩におちんち……、その、おsれを見ろと言うのはどうなんでしょう?」


「君の言動が誘惑なのかどうかわかりやすくていいじゃないか。

 よし、君が誘惑行為をしたら僕は君にちんちんを見せるとしよう」


「さ、最悪です」


 気恥ずかしそうに、不知火さんは目をそらした。

 その表情さえそそる。


「それでメリットだっけ?

 んー……、何でもしてくれるってことだったら、何か思いついたら言ってもいいかな?

 あぁ、公序良俗に反さないちゃんとしたことを頼むつもりだから安心してくれていいよ」


「わかりました!」


 こうして僕は後輩女子不知火無垢の無自覚誘惑行動を矯正することになるのだった。


   *


 不知火さんの無自覚誘惑行為を直すことになったその後、帰り道のこと。


 同じ中学校出身ということもあり、僕と不知火さんは使用する路線がすべて同じだった。

 その道中で今後どのように行動するのかを簡単に話し合ったところ、こんな風にまとまった。


「活動は基本的には放課後。場所はあの図書室内の部屋にしましょう。

 どちらかが参加できない、遅れるときは必ず連絡すること。そうだ、先輩が部屋を自由に出入りできるように、スケ部にも入っておきましょう。

 何をする、みたいに特筆してやることは、特にありません。

 勉強なり読書なり雑談なりして、自由に時間を過ごします。先輩から話を振ってもいいですが、なるべく私から話題を作って私から話しかけるようにしますね。その日の出来事を話して誘惑に該当することがあれば指摘してもらう、みたいなのもいいかもしれません。

 そうやって私と相対してみて、先輩が誘惑だと思うものがあれば、どんどん指摘していってください。

 で、それをどうすれば改善できるか、あるいは別の言動に置き換えられないかを考えていきましょう。


 そんな感じで一学期いっぱいは続けてみて、効果がなさそうなら終わりということにしましょう。

 効果がないのに先輩にお手を煩わせるのも申し訳ないですし」


 とりあえず、僕は不知火さんがスケベムーブをしたら指摘して改善案を考えればいいらしい。

 こんなルールが決まったところで互いの自宅最寄り駅に到着し、僕らは解散した。


 ちなみにこれは余談だが、電車内で不知火さんと話しているだけで僕はずっと勃起していた。

 明日から、勃起による貧血で倒れないか心配だ。

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