04 人類終了のうわさ
※夏のホラー2024 の締め切りに間に合いませんでしたが、これが最後のお話になります。
【とある短文投稿型SNSでのやりとり】
□蔵井戸大神
@aesop_fable・フォローする
拡散希望! ガチでゾンビ発生!
こいつらマジでやべぇ
〔多数の人間が意味もなくヨタヨタと路上を徘徊している動画〕
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閲覧したユーザーが背景情報を追加しました
:この動画は2020年にアメリカ・ペンシルベニア州フィラデルフィアで撮影されたもので、映っているのは歩く死体ではなく生きた人間、路上生活を続ける薬物中毒患者です。アメリカでは貧困と薬物汚染が深刻な社会問題となっており、現在でもこのような光景が複数の都市で見られます。
役に立ちましたか?
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■どこのゾンビ映画かと思えば、現実だというのがびっくり
■これがヤク中なのか
■アメリカじゃなく、日本でこれが起きてるみたいなんだけど
■俺の家の前でたむろしてる連中も大差ない
〔日本国内らしき住宅街の路上で徘徊する者たちの画像〕
■いやこれ、ほんとにヤク中なの? 首や腕から血を流してるのも混じってるように見えるけど
■連中はいつものことだろ
■ヤク中だと、腸がこぼれてても気がつかんもんなのか
*
「準備はいいかい? 日野君」
「OKです」
全身を重厚なプロテクターで覆った立川京子が問いかけると、同様の格好をした日野和也が答えた。
二人とも異様なほどに重装備である。バイザーつきのジェットタイプのヘルメットに口元のフェイスガード、首から下は強化プラスチックのガードで覆われたツナギに、ミリタリーブーツ。市販品から自作品までいろいろ組み合わせて、全身隈なく覆っており、柔らかい部分の露出は皆無だ。
ぱっと見では、何のコスプレかと言われそうなほどに、SFチックなプロテクタースーツとなっている。
そして、手には長さ1.5メートルほどの刺股が握られていた。元は2メートル強あったが、狭い場所では取り回しが難しそうなので、多少切り詰めている。
想定される危険を最大限考慮した結果、こういう装備となった。平時であれば、正気を疑われるか、黒歴史を築いてる最中だと生暖かい目で見守られることだろう。
「では行くぞ」
「はい」
二人とも小声でやりとりをする。
京子がそっと部室の扉を開き、和也が扉から顔を出して、廊下の様子を確認する。すでに廊下に何もいないのは確認済みだったが、念のため再確認する。
二人は静かに部室を出て、ゆっくりと廊下を進んでいった。東階段の手前で立ち止まり、階段の下を覗き込んだ。
階段の踊り場には、一人の女子生徒が突っ立っていた。
女子生徒の表情は芒洋としていて、白濁したその目はうつろで何も見ていないかのようだった。口は半開きとなって、よだれが垂れていた。
肌は土気色を通り越して、青みがかっていた。そして彼女の制服は血まみれだった。
何よりも異常なのは、首の半ばまでがざっくりとえぐれて、頚椎と気道までもがむき出しになっていることだ。血液が枯れ果てたか、それとも心停止で血圧がゼロとなってしまったからか、傷口からは新たな血は流れてこず、茶色く変色しかけた生乾きの血がこびりついているだけだった。
そんな状態でも、彼女はゆらゆらと体を揺らしつつもその場に立っていた。
どう見ても生きているはずがない。にもかかわらず、立って動いている。そして、生きている人間がいれば襲って喰らう。
要するにそれは、現実に発生してしまった本物の動屍体なのであった。
この女子生徒は襲われた被害者であり、そして今では加害者に転化していた。
*
最初に死体が起き上がったのは、埼玉県内の住宅街だった。
以前から薬物犯罪やその他の不法行為、暴力沙汰が問題視されているグループの一人から発生した。しかし、その死体が襲ってきても生前の粗暴な行いとさして変わらなかったため、当初は誰もまじめに取り合わなかった。そういうグループだからこそ、ゾンビ化を引き起こすような噂が立ったのかもしれない。
動く死体が増えて、収拾のつかない暴動状態にまで発展して、ようやく政府が動いた。しかしその対応は後手にまわるばかりだった。
警察は本来、犯罪者を捕縛するのを使命としている。死体が暴れてるとか言われても到底信じられるわけもなく、死体を取り押さえるのを最優先としてしまった。その結果、主力となる現場の警官、機動隊員たちが真っ先に餌食となった。
自衛隊はといえば、国内における治安出動が問題視され、さらに相手が死体だとしても国民に銃口を向けていいのかと極左派から猛烈に叩かれ、政権も及び腰となったために、まったく身動きが取れなかった。そのため初動での封じ込めは失敗し、自衛隊が部隊を展開する頃には、すでに手のつけようがないほどに事態は悪化していた。
実のところ、公安の一部は事前に噂が広まっているのを察知してはいたのだが、上層部からは信憑性を疑われて、実効性のある対応策はまとまらなかった。
かくして、政府が打つ手を欠いたまま、感染はあっという間に関東一円、さらには東海、北陸にまで広まった。
ゾンビそのものは体液を介して感染するので、そこだけ見れば疫学の範疇なのだが、ここに噂というものが加わると話が変わってくる。噂によって、それまでゾンビが発生していなかった地域でも、飛び火するように死体が起き上がり始めたのだ。
遠くの惨事のニュースを目にして、自分たちが住む地域でも起きたら嫌だな、という思いから噂が発生した。なまじ映画やドラマなどでイメージが定着していたのもあって、噂の拡散はきわめて迅速だった。
日本中、ひいては世界中にまでゾンビ禍が広まるのに四日とかからなかった。
一方、立川京子は実際にゾンビが発生する前の、ネタ話でしかない段階でそれに気づいて、生き残るための準備を独自に始めていた。
これでもし予想が外れて何も起こらなかったら、黒歴史間違いなしだった。
彼女が主にやったのは、自宅での篭城の準備と装備品の用意だった。
災害時に学校は避難場所となる。しかし、ゾンビ災害となると、人が多く集まる場所と言うのはそれだけで危険地帯となりうる。だから、彼女は篭城場所候補として最初から学校は除外していた。
彼女の自宅はそれなりに広い敷地があり、敷地を囲う壁もそれなりに強固なものがあったため、自宅を篭城場所と定め、物資の収集などの準備を進めた。
一応、篭城した後どうするかについても案はあったが、そちらは状況次第なところもあって、事前にやれることはさほどなかった。
装備品にも力を入れた。ゾンビがうろつくことになれば、普段の服装で外を出歩くなど自殺行為に等しい。それで、かじられそうになっても物理的に歯が立たないくらいに頑強で、全身を隈なく覆うプロテクタースーツを用意した。
ヘルメットをジェットタイプにしたのは、視界を広くとるためだった。
また、学校から抜け出す場合のために、和也の分と合わせて、二着分を部室に隠しておいたのである。
そうして準備万端整えて、今、彼らは東階段の踊り場にいる女子生徒のゾンビと対峙しているのであった。
*
不幸中の幸いと言っていいのかどうか、現実に現れたゾンビは動作が非常に緩慢なタイプしかいなかった。そのため、戦闘経験のない京子たちでも、プロテクタースーツがあれば十分に対処可能だった。
女子生徒のゾンビは何も考えずに、ただ歩いて向かってくるだけだった。だから、京子は刺股を頭に押し当てて、グイっと押し込んだ。たったそれだけでゾンビはバランスをとれずに、仰向けに転倒した。
殴っても同じ結果になるかもしれないが、押し当てるほうが力を使わずに済む。
転ばせたら、あとはそのまま放置である。遭遇するたびに一々戦って止めを刺していたら、体力的にも時間的にも厳しくなる。ジリ貧にしかならない。そういうのは状況が好転して、掃討戦に移ってからやることであって、現状では後回しだった。
そうして彼らは数人のゾンビを転ばせながら、階段を下りて一階までたどり着いた。
辺りを見回してみると、ひどい状況だった。
入り込んできた少数のゾンビのせいで、校内はすでに地獄絵図になっていた。
友人のゾンビに噛み付かれてもがく生徒、倒れた生徒に複数で群がって腸を食い散らかしているゾンビたち、ほとんど残骸と化していながら動き始めた死体、などなど。
校舎内の床も壁も血まみれで、悲鳴と絶叫が今もそこかしこから響いてくる。
京子も和也もずっと吐き気を感じていたが、もはや胃の中には吐くものが残っていなかった。すでに部室で準備していたときに、校庭で人が喰われるところを生で目撃して、さんざん吐いた後なのだ。
二人は覚悟を決めて、学校を出た。行き先は京子の自宅だ。
まだこの時点では生きている人間のほうが多く、ゾンビが通りを埋め尽くすほどの数にはなっていない。それでも事態は確実に進行していて、あちらこちらで争う姿が見られた。
危険を避けながら、住宅街の道を歩く。学校から家まで直線で1.2キロほどしかないが、徒歩で慎重に進んでいるため、意外と時間がかかる。
「あそこ、かたまってますね。八人、かな」
「端の二人だけやれば、いけそうかな」
「はい」
二人はスタスタと早歩きで近づき、ゾンビ集団のうちの端にいた小柄な女性ゾンビを和也が、そのそばにいる背の高い男性ゾンビを京子がそれぞれ分担して、刺股でさっくりと転倒させた。他のゾンビたちが気づいて腕を伸ばそうとしたが、二人はすでに安全な距離をとっている。そのまま足を止めることなく、通り過ぎた。
「ぅをっと!」
路上に止まっていた宅配便のトラックの影からゾンビがふらっと出てきて、和也の腕を掴んだ。ゾンビは動きこそ緩慢だが、その力は強く、いったん掴まれると剥がすのに難儀する。
ほとんど条件反射的に、ゾンビは和也の腕に噛み付いた。しかし、全身を覆う強化プラスチックの装甲を貫通するものではない。
「日野君になにを不埒な真似をしておるかっ!」
激怒した京子が刺股をゾンビの首にぶつけると、ゴキリと音がした。あっさりと首の骨が折れたらしい。ゾンビの頭は支えを失って、背中側に直角に折れ曲がった。
映画などと同じく、首の骨を折ることでもゾンビは動かなくなるらしい。ただし、頭部はまだガチガチと顎をならしている。あくまで首以下の制御ができなくなるだけのようだ。
ゾンビはそのまま倒れていって、腕を掴まれていた和也も引っ張られた。辛うじて踏みとどまった和也は、ゾンビを蹴り飛ばした。
「だいじょうぶかね、日野君」
「ええ。問題ないですが、ちょっと油断しました」
「仕方ない。でも、ああも気配がないのは、かなり厄介だね」
「昼間はまだいいですけど、夜とか、あと屋内はぜったいヤバいです」
緩慢なゾンビでも、気配なく忍び寄ってくるのは十分に脅威だった。映画に出てくるような走るゾンビとはまた違った恐ろしさがあった。
「このプロテクターいいですね。噛まれてもなんともないです」
「うむ。用意したかいがあった。でも、ばっちぃから、家に着いたら洗おう」
「ヨダレで感染とかイヤですしね」
そうして再び歩き出した。
途中、逃げる人に襲い掛かろうとしたゾンビも転倒させたり、車が暴走してきて突っ込んできたり、道を迂回したりで、いろいろあって一時間半ほどかかかったが、ようやく京子の家にたどり着いた。
「ここが先輩の家ですか……」
京子の自宅を訪れるのは初めてで、こんな状況下であっても、和也は少々浮かれている部分がなくもなかった。
「うむ、とりあえず中に入ろう」
玄関はすでに封鎖してあるので、車庫のシャッターを開けて入った。
*
すでに彼女の両親と弟の勇樹は帰宅していた。ゾンビの危険性を十分にレクチャーしてあったので、近隣に騒ぎが及ぶ前に早めに避難していたのだ。
なお、和也の両親は今は海外にいて、和也ができることは祈ることくらいしかなかった。
プロテクタースーツを脱いで普通の服に着替えた後、京子の家族への挨拶もそこそこに、和也は京子に引っ張られるようにして作業部屋へ入った。
その部屋はパソコン数台にモニターが何枚も並んでいて、なかなかに壮観だった。
「よし、まだネットは大丈夫だね。さて、はじめようか」
「はい」
彼らがこれからやろうとしているのは、「ゾンビに対抗できる噂をでっちあげる」ことだった。篭城後の案というのはこれである。
噂が元になってゾンビが発生したのなら、その対抗手段を噂で作り出すことも可能なのではないかと考えたのだ。
うまくいく保障など何もないが、どうせ今の状況では個人でやれることは多くない。可能性があるならやるだけだった。
「めぼしいものは……」
「さすがにどれも悲観的な話ばかりですねえ」
彼らはまず、現在ネットに上がっている多数の話題をAIを活用して収拾し、その内容を精査するところから始めた。噂をでっちあげるにも、何もないところに唐突に上げるよりも、土台となる話がすでにあればそれに便乗したほうがいいと考えたのだ。
モニターとにらめっこして一時間ほどたった頃、
「ん? おおぉ……? ………………くっ……くふふふ……」
大量に並んでいる話題のうちのひとつに注目した京子が、静かに笑いだした。
「先輩?」
「これを見て」
「はい? ……ええぇぇ!?」
怪訝な顔をした和也に、彼女は発見したものを見せた。
「あはっ、あはははははははははっ! これだっ! これはいい! よくあるネタでありながら、今この状況で現実にこれを持ちだしてくるという、その発想はなかった! これ! これでいこう!」
京子は大爆笑していた。これまで見たことがないほどの笑いぶりに、和也もちょっとだけ引いた。
それに、見つけた話というのは、とんでもなく常識離れしたものだった。
「いや先輩、如何せんこれはぶっとびすぎてて、広めるのは無理じゃないですか?」
「たぶん大丈夫だろう。ゾンビなんていう非常識なものが現れたのだから、このくらいのでもきっといける。何より、これには夢がある」
「夢、ですか?」
「こうも絶望的な状況だからね。みんな、悲観するのと同じくらい、希望も求めてるんじゃないかと思ってね」
「だから、夢のある話にとびつく?」
「噂として広まるのにぴったりじゃないか」
彼女が見つけた話題というのは、
――三日後からステータスやスキルが解禁される。
というものだ。
こんな話がすでに噂として一部界隈で広まりだしていた。噂の出所はわからない。
まるでゲームのように、戦って経験値を得て、レベルを上げることによって身体性能を大幅に向上させたり、あるいは超常的な技能を獲得したり、魔法を習得するといったシステム。それが三日後から現実世界で使えるようになる。
突拍子もないにもほどがある。ラノベや漫画・アニメでは使い古された設定だが、現実世界で本当にそんなことを考える人はいない。中二病の人でも「あったらいいな」と願う程度だ。これまでだったら。
しかし、今は非常時だ。そして、噂によって本当に超常現象が引き起こされる。嘘が真になる。
あとは、ネットがまだ機能しているうちにこの話題に便乗し、BOTまで使って可能な限り噂を拡散するのみである。
噂を別の噂で覆すのだ。
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そうして三日後。
「オープン・ステータス」
京子が唱えると、目の前の何もない空間に半透明のウィンドウが出現した。そこには〔HP〕や〔MP〕、攻撃力、防御力、さらには超常的な技能といったものが記載されていた。
「おおぉっ!? 先輩! 僕も出ました! あ、〔鑑定〕と〔アイテムボックス〕まである! チート万歳!」
和也も同様にウィンドウを出して、自身のステータスと技能を確認していた。
彼らの目論見どおり、でっち上げた噂が真実に変わり、現実世界でゲーム的なステータスとスキルのシステムが機能していた。
新たな力を得た人類は、ゾンビ禍を退け、新たな時代を切り開いていくこととなったのである。
〔了〕
お読みいただきありがとうございます。
今回もまた、イベントのお題を踏襲しつつも、お題から想像つくものとはかけ離れた、突拍子もない変なお話を狙ってみたつもりなのですが、どうでしょうか。
ではまた。