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03 地下迷宮のうわさ

【とある掲示板でのやりとり】

105:名無しさん

やばい

S駅で迷った


106:名無しさん

マッピングを怠った軟弱モノめ


107:105

普通に毎日通勤で通ってんのにどうなってんだよこれ


108:名無しさん

正しい順路で回らないと出られなくなってんだろ


109:名無しさん

8番○口にでも迷い込んだか


110:名無しさん

気がついたら、一面クリーム色の通路に入り込んでたりしてな


111:名無しさん

どこの The Backr○oms かよと

奇怪なエンティティでもうろついとるんか


112:105

マジで出られん

誰かHELP

あ、噂をしたそばk


113:名無しさん

まあ、がんばれ


……


579:名無しさん

105 はその後どうなったんだ

あれ以後書き込みがなくなってるが


580:名無しさん

S駅地下、なんか警官多くね?





「日野くん、明日、デートしないか?」

「もちろん行きますどこだろうと絶対に」


 部活の終わり際、日野和也は立川京子から誘われた。明日は休日である。

 もちろん和也に否やはなかった。


「どこに行くんですか?」

「S駅の地下街へ」


 買い物にでも行くのだろうか。しかし、言ってはナンだが、和也でさえもこの先輩が女性らしくおめかししたり、ショッピングを楽しんでる姿というのは想像がつかない。非常に失礼ながら、違和感ありまくりである。

 その上、京子は奇妙なことを付け加えた。動きやすい格好で来てほしい、場合によっては走ることになるかもしれない、と。S駅の地下街は広大なことで有名なので、それなりに歩き回ることになるのかもしれないが、走るというのはなんなのか。なんとなく不安と不穏を感じる和也であった。



 翌日、和也は待ち合わせの場所へ向かった。

 京子の指示に従って、彼はTシャツにパーカー、ジーンズにスニーカーという格好で来た。京子のほうはといえば、ブラウスにカーディガンで、パンツスタイル。さして飾り気のないごく普通の格好だが、彼女の私服姿を初めて見る和也はそれだけで感動していた。


 電車を乗り継いで一時間ほどで都心のS駅に着いた。

 複数の路線が交わり、駅利用者数ではギネスに乗るくらいの駅だけに、休日であっても地下街は多くの人でにぎわっていた。


「さすがに人多いですね。先輩、どこか目当ての店とかあるんですか?」

「いや、特にはなくて、ぶらりと一通り見て回ろうと思う」


 そう言って京子は歩き出したので、和也はそれに追従した。

 S駅は大きく分けて東口、西口、南口と分かれている。現在いるのは南口方面だった。

 さまざまな店が並んでいる通りを冷やかしながら、二人は歩いていった。和也がS駅地下街に来るのは三度目で、南口方面は一年ほど前に来ただけだった。個々の店までは覚えていないが、ぱっと見の印象はさして変わっていない。


 途中、巡回中の警官とすれちがった。他にも、一定の間隔を置いて警官が立哨している。

 よく見ると通行人の中にも、私服ながらやたら体格ががっちりしていて、およそ堅気には見えない者たちもちらほらと混じっていた。彼らは一様に耳にイヤホンをつけていて、剣呑な目つきで周囲に目を配っていた。

 京子はなにかしら物々しい雰囲気を感じながらも、とりあえずスルーしていた。和也はそれらにまったく気づかず、のほほんとしていたが。



 そうして歩き続けていると、ふと、京子が分かれ道の手前で足を止めた。そこは純粋な連絡通路なのか、壁に一定間隔で広告が貼られているだけの、ただ殺風景な通路が延びていた。50mほど先で右に折れている。その通路を利用する人はいないようで、ひどく閑散としていた。


(へぇ。こんな道もあったんだ)


 前に来たときのこともうろ覚えだった和也は、こういう通路もあるのかと感心するばかりだった。なにしろ、S駅地下街は通路が複雑に入り乱れていて、俗に『S駅地下ダンジョン』と揶揄されるほどである。和也としては、どの道もよくわからんという印象しかない。一人でうっかり入っていったら、絶対に迷う自信があった。


「こちらに行ってみよう」


 京子がその通路に入っていったので、和也もそれにならった。


「この通路ってどこに出るんです?」

「さあ? どこに出るんだろうねえ」


 そう言って京子はスマホを見せた。画面に映っていたのは、地下街のマップだった。

 これはGPSが使えない地下でも位置情報が取れるナビゲーションアプリなのだが、そこで表示されている彼らの現在位置には何もなかった。通路の外側にいることになっているのだ。


「え? これどうなってるんです?」

「『いしのなかにいる』わけではないから、この通路がマップには記載されていないんだろうね。データが古いか、省略されたか、あるいは……」

「なかなか大変な場所ですねえ」

「まあもう少し進んでみよう」


 そうして曲がり角まで来た。そこから右に進んで少し行くと、下りの階段があった。


「これ、出口っていっても、いったいどこに出るんでしょう」


 階段を覗き込んだ和也は呟いた。

 壁にかけられた「出口/Exit」の看板が差す矢印は、階段を下ったその先を示していた。

 この通路も、その先にあるという出口も、マップにはやはり何も記載されていない。


「ここしばらく掲示板やSNSで、『S駅で迷った』という話がすごく増えていてね。それで、何が起こるか確かめてみようと思って来たのだけれど、たぶんこれが『当たり』なのだろう」

「え? それってすごくヤバいんじゃ……?」


 その時、


 ぐをおぉおおおおぉぉをおぉおおおぉぉぉぉっ!!


 何か、ものすごく大きな音が階段の先の通路から響いてきた。それはまるで、獣の吼え声のように聞こえた。


「な、なんなんですかこれ!?」

「そういえば、掲示板では実体(エンティティ)のネタを書き込んでいた者もいたな……」

「えんてぃ……?」


 ちゃっ、ちゃっ、と硬い棒か何かで通路の床を叩くような音がして、だんだんとそれが近づいてきた。


「日野君。走る準備を」

「え?」


 京子がそう言った直後。

 階段の先に現れたのは、真っ黒で巨大な蜘蛛のような怪物だった。

 全体としては異様に長く細い脚をもつ「ザトウムシ」に似ている。ただし、両脚の幅が通路の半分以上を占めるくらいに大きく、太さも1リットルのペットボトル並みに太かった。また脚には関節らしいものが見当たらず、付け根から先端まで滑らかな曲線を描いている。脚の中央には目も口もなく、のっぺりした卵型の胴体があるだけだった。


「ひっ……!」

「日野君! 逃げるぞ!!」


 京子は和也の襟首を掴んで引っ張りながら、走り出した。和也も置いていかれまいと全力で駆けた。


「なっなんなんですかあれっ!」

「わからん! が、絶対にロクなものではないだろうね!」


 そしてまたも、「ぐをおぉおおおおぉっ!」という咆哮が後ろから響いてきた。

 後ろをちらっと振り返ると、ちょうど黒い蜘蛛のような怪物が八本の脚を器用に動かしながら、階段を上ってきたところだった。そのまま二人を追いかけるように通路を歩いてくる。

 動きはゆっくりに見えるが、なにせサイズが大きいため、かなり速かった。


「やばい、アレ、速いです! このままじゃおいつかれちゃいます!」

「とにかく走るんだ! ……おっ!?」


 前方の曲がり角から、十人ほどの集団が現れた。

 みな一様に真っ黒な服の上からごついボディーアーマーを着用して、バイザーつきのヘルメットを被っている。その上、全員がサブマシンガンを所持していた。二人ほど、小型の透明な盾を構えている者もいた。

 まるで特殊部隊のようないでたちで、それだけ見ればコスプレかサバゲーかと思うところだが、場所が場所である。


「まさか、本物!?」

「なんでもいいっ! 後ろのアレよりはマシでしょうっ!」


 二人はがむしゃらに走った。

 その特殊部隊らしき人たちも、通路の奥から迫ってくる怪物を目にして、驚愕していた。


「こちらへっ! 早くっ!」


 隊員の一人が手招きしながら叫んだ。さらに別の隊員二人が駆け寄ってきて、和也たちの背後から抱えるように走った。和也たちはそのまま部隊の後方まで運ばれていった。

 他の隊員はサブマシンガンを構えて、怪物に向けていた。


「民間人二名確保っ! 射線クリアッ! 発砲許可求むっ!」


 隊長らしき男が通信機のマイクに怒鳴った。そして、


「発砲許可下りたっ! 各員、発砲開始ッ!」


 彼が号令を発した直後、一斉にタララッ、タラララッと大きな音が通路に鳴り響いた。それに対し怪物も「ぎゅああああぁっ!」と吼え返した。

 和也は隊員に抱えられながら通路を戻っていくときに、後ろを振り返った。彼らが走ってきた通路の曲がり角から、隊員の一人が吹っ飛ばされて壁に激突するのが見えた。

 他の隊員たちはじりじりと後退しながら発砲していた。

 そして、曲がり角から怪物の巨体がヌっと現れた。


「増援を請う! 拳銃弾では効果認められず! 大口径弾の使用を要請!」


 隊長が叫んだ直後、怪物の脚が振るわれて隊長を打ち据えた。通路の地面に叩きつけられた隊長は口から血を吐いた。

 残った隊員たちは隊長の体を引っ張って下がらせ、なおも発砲を続けた。


 和也が目にしたのはそこまでだった。二人は隊員に付き添われて、機動隊が殺到している地下街の大通りまで戻った。そこで制服警官がやってきて、隊員と交代した。隊員は仲間が戦闘している場所へと引き返していった。

 後はどうなったのかわからない。





 京子と和也は怪我の有無などの診断を受けた後、パトカーに乗せられて近くの警察署へと運ばれた。

 警官に案内された部屋では、背広を着た中年の男が待っていた。


「警視庁公安部の田中と申します」


 彼は名乗った後、二人に椅子をすすめた。

 犯罪者の取調べではないので、扱いはごく丁寧なものだった。軽く事情聴取がなされ、あの現場がどうなったかの説明も受けた。一応、あの怪物は討伐されたものの、死者二名、重軽傷者十名という被害が出てしまった。現在は地下街の一帯を封鎖して、検証などをしている最中らしい。

 そして、彼はなんとも言い難い表情をしつつ、本題を切り出した。


「できれば、しばらくの間、今日見たことを伏せていただけないでしょうか」

「緘口令ということですか?」

「もちろん、一般人のあなた方に強制することはできませんので、お願いしたいというところでして。

 それと、もしお話されるのでしたら、極力、誤情報が広まらないよう気をつけていただきたいのですが……」


 その言い分だと、正しい情報なら話してもいいように聞こえる。それはそれで、別の問題があるのだが。あんな怪物のことを、どう話せばいいのやら。物証でもない限り、いや、たとえ物証があってもどこまで信じてもらえるか怪しいところである。下手に言えば誤解を受けて、流言飛語を招くことになりかねない。


 そして話を聞くに、どうも彼らが一番警戒しているのは真実が広まることではなく、間違った噂が拡散することのようだった。

 そういうことであればと、京子は自分の考えをぶつけてみた。


「この異変、噂のほうが先にあったのではないですか?」


 彼女はそう疑っていた。だから、掲示板などの噂を見て、何か起こるのではないかと推察し、和也とともに今日地下街へ出たのだった。

 田中は無言で無表情のまま、ただ京子の顔をじっと見ていた。何を掴んでいるのか探るように。

 もう一つ、京子は自身の知る情報を出した。


「『ズルムケ犬』のように」


 そこでようやく田中の表情がピクリと動いた。


「……そこまでご存知でしたか」

「私の弟が実際にそれに遭遇しまして、追っかけられたのです」

「なるほど、あの件の被害者の。それで妙なことに気づいたと」


 はぁー、とため息を吐いて、彼は疲れきったような表情を浮かべた。


「私どもも未だ確証はないんですが」


 そう前置きして、田中は話し始めた。

 ここのところ、現実にはありえないような荒唐無稽な事件が続発していて、いずれも事件が発生する前の時点でそれを予言するかのような噂が広まっていたという。

 当初は異変が起きたから噂が発生したと考えられたが、調べていくとどうもそうではないらしい。実際には順序が逆で、まず噂が先行していて、それを後追いするかのように異変が発生していたというケースばかりだったのだ。

 因果関係はわからない、としか言いようがない。


 『ズルムケ犬』の件では、子供たちの間で噂が自然発生し、それをなぞるように事件が起きた。

 今回の地下街では、異変は怪物だけでなく、誰も知らない通路がいつの間にかできていたことも含まれる。異変が確認されたのは今週に入ってからだが、某掲示板では三ヵ月ほど前から話題になっていた。書き込んだ当人たちに確認をとったところ、ネタとして面白半分に書き込んでいただけだったという。

 この情報を受けて、警察は地下街の警戒を強めていたのである。そして、それは実際に起きた。


「噂が現実になると公表しても、恐らく信じてはもらえないでしょう。下手をすると、興味本位でもっと危険なホラ話を吹聴する者も出てくるかもしれない。あなた方お二人は、実際に異変を体験していらっしゃる。常識を超えた噂が現実になったとき、どれほど危険なことになるか、ご理解いただけると思います。

 まあそういうわけで、もしあなた方がこのお話を外でするときは、慎重にお願いしたいのです」


 こう言われては、二人ともうなずくほかなかった。


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