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02 都市伝説のうわさ

※ここからはスプラッタ有りのガチホラーで。

【とあるチャットアプリでのやりとり】

昨日東中の近くで、ズルムケ犬出たん

だって

                            ○

                       ヤベぇじゃん

                 もうこっちまできたのかよ

それで兄貴の友達が大ケガして入院し

たらしい

生きたまま腹を食われたって

                            ○

                          ひでえ

             夕方からパトカーがいっぱい走って

                      たのってそれか

たぶん

                            ○

               どうやったら逃げられるんだ?

わかんねえ





 小学五年生の立川勇樹は塾が終わって、一人で帰宅しているところだった。すでに日は沈み、西の空が茜色を残すばかりとなっていた。


「まったく、あいつらあんな噂であんなにさわいじゃって。バカじゃねえの」


 今、彼のクラスや塾などで、とある噂が話題の中心となっていた。小学校の教室で、塾で、あるいは電話で、スマホを持っている生徒であればスマホのチャットアプリなどで。


「『ズルムケ犬』なんて、そんなもんいるわけねーじゃん」


 その噂は『ズルムケ犬』なる怪物が密かに人々を襲っているというものだった。


 曰く、夜道を一人で歩いていると、いつのまにか近寄ってきている。

 曰く、見た目は大型犬のようだが、全身の皮が剥かれている。

 曰く、顔が人間のおっさんみたいで、口からはイソギンチャクのように触手が生えていて。

 曰く、車よりも速く走って追いかけてくる。逃げ切ったと思っても、いつの間にか回り込まれてる。

 曰く、人間の腹を生きたまま食い散らかす。


 人によって内容が異なるのだが、共通するところは気味の悪い異形の犬が襲ってくるというところか。

 一番新しいところでは、昨日夕方から夜半にかけて、市内でたくさんのパトカーや救急車が走り回っていたのはズルムケ犬のせいである、というものが加わっていた。身近なところにまで怪異が現れたと、勇樹の周囲の子供たちは大騒ぎとなっていた。


 現在進行形で拡散している都市伝説の事例といえる。

 似た例でいえば、『口裂け女』の騒動だろうか。1970年代の終わりごろ、小中学生を中心に『口裂け女』なる怪人の噂が広まり、半ばパニックとなった。噂が広まる媒介となるのは口伝が主だった時代に、ほぼ日本全国に噂が広まったというのは驚異的ともいえる。

 また、特徴の中に顔が人間のようというのが混じっているのは、『人面犬』の影響もあるのだろうか。


 勇樹は怪談や都市伝説の話が好きで、いろいろとネットで読み漁っていた。『口裂け女』の経緯や『人面犬』の話も知っていた。

 ただ、勇樹がそうしたものを好むのは、それらが実在しないからだ。現実に存在しえないからこそ、惹かれる。フィクションだからこそ、楽しいのだ。


 現代は情報化社会であり、噂の伝播速度は昭和の頃とは比較にならない。しかしその一方で、人智を超えた怪異や、超常現象が信じられる余地は激減していた。現実の情報がリアルタイムで詳細に行き届きすぎて、現実に起こりえること/起こりえないことの境界がはっきりしすぎているのである。

 昭和の時代にもてはやされたオカルトや心霊番組などが、現代ではほぼ絶滅しているのは、そういう時代背景とも無関係ではないだろう。


 勇樹はもう、そういうお化けの話はありえないものとして割り切っていた。そんなものを信じるのは、物を知らないお子様だけだと。

 だから、この『ズルムケ犬』で大騒ぎしている同じ年代の子供たちがひどく幼稚で、馬鹿の集団にしか見えなかった。

 昨日の市内の騒ぎも、ニュースでちゃんと真相が報じられている。たまたま住宅火災と自動車事故が重なっただけで、怪物とは何の関係もない。

 付き合いきれない。



「あれ?」


 ふと、勇樹は足を止めた。いつもと同じ帰り道なのに、いつもと何か違うような気がしたのだ。

 何が違うのだろうと考えて、気がついた。


「誰もいない?」


 周囲に人影がまったく見当たらなかった。

 ここは住宅街の一角で、普段でもそう騒がしい場所ではないが、それでも普段のこの時間帯なら歩行者の一人や二人は見かけるし、少ないながらも自転車や車が通行してたりはするものだ。それが皆無だった。

 その上、気味が悪いほど辺りは静まり返っていた。通り一本隔てた向こうには街道があってけっこうな交通量があるはずで、いつもなら車の音が聞こえていた。それがどういうわけかまったく聞こえない。

 静寂に勇樹が困惑していると、


 ぴちゃ


 後ろの方で、何か湿った音が響いた。ごく小さい音だったが、辺りが静かなのではっきりと聞こえた。


 ぴちゃ、くちゃ、ずちゅっ


 音は断続的に響いてきた。

 何の音なのかと、勇樹は恐る恐る振り返った。

 10mほど先だろうか。街灯の下に何かの塊が二つあった。先ほどそのそばを通り過ぎたばかりだが、そんなものがあったなんてまったく気がつかなかった。

 よく見ると片方は生々しくテカった赤紫色の塊で、もう片方は人のようだった。酔っ払いの男が背広を着たまま座り込んでいるように見えた。背中を街灯に預けるようにして、手足を投げ出して座り込んでいる。顔は呆けて空を見上げていて、白目を剥いて口をだらしなく開けていた。


 一方の赤紫の塊は、形だけ見れば犬に似ていた。大型犬くらいの大きさで、しかし、毛はまったくない。それどころか、全身の皮を剥がれたかのように筋肉がむき出しとなっていて、ヌラヌラと光っていた。ところどころに浮き出た太い血管がドクドクと脈打っている。モフモフ感皆無で、生肉感100%の醜悪な生き物だった。

 生き物の頭からは、親指ほどの太さの赤黒いミミズのような管が数本垂れ下がっていて、ウネウネとうねりながら男性の腹に潜り込んでいた。

 ぴちゃくちゃという音はそこから発していた。


「う……ぐぁ……ごふっ……」


 ミミズのような管が踊るたびに、男性の口からかすかに呻き声が漏れ、手足がビクっと痙攣した。


「な、なに……これ……」


 見たものが理解できず、しかし異様なことだけは感じ取って、勇樹は後ずさった。

 その気配を察してか、生き物がゆっくりと頭を上げ、その顔を勇樹に向けた。その口からはみ出ていたミミズのような管が男の腹から引き抜かれ、鮮血を垂らしながら宙でうねりくねった。


「い゛っ!?」


 その生き物の顔は犬ではなく、人間の男の顔そのものだった。


――曰く、見た目は大型犬のようだが、全身の皮が剥かれている。

――曰く、顔が人間のおっさんみたいで、口からはイソギンチャクのように触手が生えていて。


「ず、ズルムケ犬……」


 その特徴は、勇樹が頑なに否定していた噂話で語られる化け物と一致していた。

 人間に似た顔の、両の目がニタリと弧を描いた。

 化け物がのそりと動いた。勇樹に向かって、ひた、ひた、と一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。


「ひっ」


 どうやら人を襲うらしいという直接的な脅威だけでなく、どう見ても完全に未知の生物であることや、皮を剥がれたようなむき出しの生肉や垂れ下がった触手への生理的嫌悪感、そして噂で増幅された恐怖などが渾然一体となって襲ってきて、勇樹は震え上がった。


「ひぃいいいいいいいっ!!」


 恐怖に飲み込まれる前に、彼は脱兎のごとく逃げ出した。


 勇樹は無我夢中で走った。体育の授業の短距離走よりもずっと速かったくらいだ。が、せいぜい100mも走らないくらいで息切れしてしまった。そこで足を止めて、後ろを振り返ってみた。


「はぁっ、はぁっ……い、いない……?」


 あの怪物は見当たらなかった。


「はぁーー……」


 そこでようやく息をついた。

 何もないなら、いつもの日常なのではないか。あんなおかしなものがいるはずがない。何かの見間違いか、幻覚だったんじゃないのか。そう思って、もう一度後方を見る。

 そこにはいつも通りの帰り道があるばかりだ。街灯のそばで座り込んで、腹から血を流している男を除けば。

 辺りは静まり返ったままだ。


 ひた、ひた


 勇樹のすぐ後ろで何か物音がした。


「うああああああああああああああああっ!!」


 彼は振り向きもせず、絶叫しながらまたも全力で駆け出した。今度は街道の方へ向けてだ。

 街道にはすぐ出た。そこでは普通に車が走っていて、歩行者の姿も見える。喧騒が戻ってきた。そこは普通の世界のはずだ。

 だが、背後から迫る足音は止まっていない。ゆっくりとした歩調が速くなって、どんどんと近づいてくる。


 勇樹は街道脇の歩道を駆け続けた。まだ追手の足音が続いていて、背後で通行人の悲鳴が上がった。

 街道を走る車列の、車両間隔がほんの少し開いた隙間を目にした瞬間、咄嗟に勇樹は街道に飛び出した。一心不乱で横断する。車の急ブレーキの音と、クラクションが鳴り響いた。そして、


 ドンッ


 渡りきった勇樹のすぐ後ろで、何かが車に衝突した音がして、続いて、


 グチャッ


 液体をぶちまけたような音がした。

 反対側の歩道まで渡りきった勇樹は足を止めて、ゆっくりと後ろを見た。

 バンパーとフロントグリルが若干凹んで真っ赤に染まったSUVが街道の真っ只中で停車して、運転手が降りてきたところだった。

 そして、SUVのヘッドライトが照らす前方では、血まみれの『何か』が横たわっていた。大型犬のようなそれは、全身が赤紫の生肉のようで、顔は人のようで、口からはミミズのような管が何本も伸びていて……。

 その『何か』はまちがいなく死んでいた。





 警察の事情聴取の後、立川勇樹は両親に引き取られて帰宅した。


「何があったんだね?」


 家に帰ってきてもまだ怯えたままの勇樹に、姉の京子が尋ねた。姉に似たのか、普段は妙に理屈っぽく大人びた考え方をする弟が、ここまで怯えるというのが腑に落ちない。


「ズルムケ犬に、追っかけられてた……」

「ズル……なに?」

「噂になってた、化け物……マジで、マジで、いたんだよ……うぅっ」

「噂?」

「ほんとなんだってっ! 化け物にっ、おっかけられてっ! あんな、あんな化け物、ほんとにいたなんて……うううぅ……」


 嗚咽を漏らしながら、幾分要領を得ない説明のしかたではあったが、彼は学校などで噂になっていることと、彼自身が見たものを語った。


「噂、か……」


 京子はそう呟いて、なにやら考え込んでいた。



 その日の晩から翌日のニュースなどで、住宅街の路上で中年の会社員が遺体で発見されたこと、街道で事故があって一時通行止めとなっていたことなどが、それぞれ別個の事件・事故として報じられた。

 事故で死亡した正体不明の生物については、保健所が死体を回収したものの、書類上は「皮膚疾患を患った大型犬」として処理され、それでこの一件は終了となった。


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