神殿
どこの国でも、その国一番の神殿というものは、大きくて荘厳で、小さなシルフィーリからすれば圧倒されてしまう。
「……すっごく大きいです」
「君がいた場所は、こんなに大きくありませんでしたか?」
「はい。王都にある大神殿は大きかったですが、ここほどじゃなかったです」
「ここは、帝国内にあるフィアドラ神を奉る神殿の中でも最大規模の神殿です。一応、ラピテル神の神殿も別の場所にありますが、あちらは小さいのでシルフィーが見たら驚くかもしれませんね」
神殿の中には、両手を広げた大きな神像が安置されている。
あれが、フィアドラ神様。
ラピテル神の対の神と言われている神様。
「……あれ……?あの、シリウス様、あの像って男性ですか?」
「えぇ、気が付きましたか。とはいえ、私もつい先ほどまでフィアドラ神は男性だと思っていました」
シルフィーリを守れと頭の中に囁き続けていた声は、女性の声だ。
あの声が神の声だというのなら、フィアドラ神は女性の神ということになる。
「シルフィー、フィアドラ神は女神ですか?」
「は、はい。ラピテル神様が男性、フィアドラ神様が女性。なんですが、よく考えたら、私はそのことを知っていましたが、誰かに教えられたとかではなくて、気が付いたら当たり前に知っていた感じです」
「あぁ、つまり、今更いちいち確認などしなかった、ということですね。ひょっとして、ラピテル神の神官たちも知らないのでは?この国にもラピテル神の神殿はありますが、そこから何か言われたこともないはずですし……。シルフィー、このことは黙っていましょうね」
「え?訂正しなくていいのですか?」
きょとんとしたシルフィーリに、シリウスは微笑んだ。
「この神殿で奉仕している敬虔なる神官たちに、女神は何も告げていないのです。神像が出来てずいぶんと長い時間が経過しているはずですが、その間、誰もそのことを指摘していません。フィアドラ神が何も告げていない以上、神官ではない部外者の私と、ラピテル神の神子であるあなたが言うことではありませんよ」
そう、これは女神の思し召しというやつだ。
神の声を聞くことも出来ない神官たちなど放っておけ、ということに違いない。
本当の心の底からフィアドラ神を崇める敬虔な神官になら、きっと女神の声は届いていたと思う。
この神殿と神像がこうして無事にあることこそ、女神が放置しているいい証拠だ。
「私たちが騒いだところで、神官たちが聞く耳を持つはずもありませんしね。私は一介の文官ですし、君はたとえ祖国で神子という地位にいたとはいえ、今は私の婚約者です。ここに関わる必要などありませんよ。必要ならば、先ほどのように直接、神様から何かを伝えられるでしょう」
「……そうですね。ここで私が何か言っても聞いていただけないですね」
シリウスの言葉にシルフィーリは納得した。
今までは、禊ぎの時間だの祈りの時間だの、神殿内の決まりに従って生きてきた。
そうしないと神様は喜ばないし、声も聞こえなくなるから、そう言われていたけれど、帝国軍が侵攻してきてからまともにそんなことはしていない。
けれど、神様はこうしてシルフィーリを見守っていてくれて、必要ならば婚約者となったシリウスにまで言葉をかけてくれる。
神殿での生き方全てが間違っていたとは思わないけれど、きっちり決まったことをするのが大切なのではなくて、神様を信じる心、それが一番大切なのだ。
だから、きっと男女が間違っていても、神様は気にしない。
そんなことを思いながら、シルフィーリは改めて神に感謝の祈りを捧げたのだった。