お出かけ
読んでいただいてありがとうございます。のんびり更新ですみません。
翌日、約束通り休みを取ったシリウスは、シルフィーリと共に馬車に乗って街へと出かけた。
あまり目立たないように外見は質素な馬車にしたが、内装はそれなりにお金を掛けてある馬車だ。
特に長時間乗ってもお尻が痛くならないように、座面はふかふかの物を採用してある。
シルフィーリは、ふかふかが気に入ったのか、ぽんぽんと軽く叩いていた。
「さて、シルフィー、どこから行きたいですか?」
「神殿です」
「フィアドラ神の?それとも、ラピテル神の?」
「フィアドラ神様です。ご挨拶をさせてください」
「そうですね、ここはフィアドラ神の信者が多い。ラピテル神の神子である君といえど、挨拶はきちんとしないとうるさいですからね」
特に神官系は。
シルフィーリはラピテル神の神子と呼ばれる存在だが、ラピテル神だけに仕えていればいいというものではない。むしろ、だからこそ先にフィアドラ神に挨拶をするのだ。
彼の神の領域に来たのだから。
「フィアドラ神様は、とてもお優しい方だと思います」
「どうして?」
「この国に入った時、優しい声が聞こえたんです。歓迎してくださいました。この国では、ラピテル神様ではなくて、フィアドラ神様が守ってくださるって」
その時のことを思い出したのか、シルフィーリは嬉しそうにシリウスに教えてくれた。
が、教えられた方のシリウスは、頭が痛くなりそうだった。
敵国の神子をこの国の神が守るとは、どういうことなのだろう。
しかも本人には神の声が聞こえているようだし。
というか、実はシリウスにも先ほどから、シルフィーリを守れという声が聞こえる。
聞いたこともない女性の声なのだが、頭に響くこの声の主が、フィアドラ神なのだと分かる。
もうそれは理屈とかじゃなくて、ガチの神意だ。
「そのようですね。私にも聞こえます、シルフィーを守れという声が」
「まぁ、まだ神殿にご挨拶に伺う前なのに、こうして気にかけてくださるなんて……ありがとうございます」
シルフィーリは、胸の前で両手を組んで、神に祈りを捧げた。
「シルフィー、君はラピテル神の神子でしょう?なぜフィアドラ神まで君のことを気にしているんです?理由を知っていますか?」
「え?んー、分かりません。ですが、神様方は皆様、何らかの形で繋がっておられます。ですから、どの神様の神子と呼ばれていようが、神様方は歓迎してくださいます」
「君の国では、ラピテル神こそ至上という教えでしょう?」
「神官様はそうでしたね。ラピテル神様こそ、万物を生み出した創造神だと。ある意味、それは正解です。いわゆる原初の神様方は、皆様で力を合わせてこの世界をお作りになりました」
「原初の神々?それは一体何です?」
「ラピテル神様やフィアドラ神様など、最初にこの世界を創造された神様方です。神様には、お一人お一人にそれぞれの役目があります。水を生み出す神様もいらっしゃれば、大地に緑を生み出す神様もいらっしゃいます。この世界で神様と呼ばれる全ての方々は、こうしてどこかで繋がっているのです」
それはシリウスが聞いたこともない話だった。
原初の神という単語は、初めて聞いた。
「なるほど。もし、シルフィーがこの国に生まれていたら、フィアドラ神の神子と呼ばれていたのでしょうか?」
「どうでしょう。私は捨て子で、神官様が拾った時に、ラピテル神様が神託を降ろされたそうです。この国だったらフィアドラ神様が神託を降ろされたのでしょうか?それだと、フィアドラ神様の神子と呼ばれていたかも知れませんね」
ふふふ、と無邪気に笑うシルフィーリに、シリウスは大きく息を吐いた。
これは、本当に厄介な相手かもしれない。
もしこの国に生まれていたら、問答無用で皇帝の婚約者になっていたかもしれない相手だ。
ラピテル神だけではなく、フィアドラ神からも愛される神子って何?
今まで、書物の中でも見たことも聞いたこともない。
この子だけだ。
きっとこの子が、特別な神子なのだ。
神子というのは、時に皇帝さえも凌駕する権力を持つ。
それは、皇帝といえど、しょせんは人の子。
神の子である神子とは、根本的に違うのだ。
「……ねぇ、シルフィー。私との婚約は不本意ではありませんか?」
「いいえ、私はシリウス様がいいんです。あの場にはたくさんの方がいらっしゃいましたが、シリウス様が一番、輝いていましたから」
皇帝ヒューゴが聞いたら、まじかぁー、とか言い出しそうな言葉をシルフィーリはシリウスに向けて言った。
「分かりました。シルフィー、私はあなたを守ります。あなたが毎日を笑顔で過ごせるように、皇帝陛下にもきりきり仕事をしてもらいます。ですから、私を捨てないでくださいね」
「捨てるなんて……」
シルフィーリは、シリウスの大人の手に、己の小さな手を重ねた。
「シリウス様、私は、あなたの傍にいます」
神の世界に還る、その日まで。