着飾るということ
シリウスが皇帝ヒューゴと舌戦中の時間に、シルフィーリは別の戦闘を開始していた。
「さぁ、お嬢様、怖がらずに服をお脱ぎください。ここには女性しか居ませんから、遠慮なくばさっと脱いでください」
息も荒くシルフィーリに迫ってきたのは、デザイナーの女性だった。
神子として慎ましやかに暮らしていたシルフィーリの私服は、ぶかぶかの白い神子服しか持ち合わせがなかった。
ぶかぶかなのは、腰の部分を紐でくくるだけのタイプなので、子供のシルフィーリが多少大きくなっても、すぐに何とかなるようになっているためだ。
それに敵国から連行されてきた身なので、何の荷物も持ってきていない。
「お嬢様、怖がらなくても大丈夫です。明日、旦那様と外に行かれるのでしたら、その服だと変に目立ちますよ」
シリウスの名前を出されると、せっかく引き取ってくれた彼の顔に泥を塗るわけにはいかないという思いが出てきた。
「お嬢様、思いっきり着飾って、旦那様を虜にしてしまいましょう!」
「虜?シリウス様を?」
「そうです。旦那様がお嬢様以外を見ないように、しっかりと心にお嬢様という存在を刻み込んでやりましょう!」
昨日のシリウスの態度から、何故かシルフィーリがシリウスにとって大切な存在になったと悟った侍女たちが、デザイナーと一緒になってシルフィーリに服を薦めた。
お嬢様の残念な点は、旦那様と年齢差がありすぎるということ。
旦那様の周りには、旦那様を狙って年頃のお嬢さんたちがうろついていることが多い。
いつも氷の対応で追い払ってはいるが、そんな連中よりお嬢様の方がいいって見せつけなくては!
変な使命感に燃えた侍女たちの薦めもあって、シルフィーリは恐る恐る好みを伝えた。
「そうですね、お嬢様は成長期ですから、簡単にサイズが直せるような服にしましょう。それなら長く着られますよ」
にこにこと笑ってケイトがそう提案してきたので、シルフィーリは勢いよく何度も頷いた。
昨日、会ったばかりだが、朝からずっと一緒に行動しているので、ケイトにはシルフィーリの性格がなんとなく分かってきた。
元々神殿で暮らしていたシルフィーリは、他の貴族のお嬢様と違って、服を一度着るだけで飽きるとかはきっとしない。むしろ、長く着たいだろうと思って、そう提案したのだ。
それは正解だったらしく、シルフィーリがほっとしていた。
「あまり派手な物は控えましょう。飾りもそんなにごてごてした服ではなくて、シンプルな感じの服にして……」
ケイトがシルフィーリの好みに合いそうなデザインを選び、デザイナーと相談しながら色々と決めてくれた。
とりあえず、で渡された服もシルフィーリに好みのシンプルな物ばかりだったので、ほっとした。
デザインがシンプルとはいえ、生地は最高級の物を使っている。
そのことを知らないシルフィーリは、手触りがすごく柔らかくて気持ちいい、と素直に思っていただけだった。
シルフィーリの知らぬところで寝間着や小物もいくつか購入されていた。
「ケイト、あまりシリウス様に迷惑をかけない程度でいいのよ?」
「まぁ、お嬢様。婚約者であるお嬢様が綺麗に着飾っていないと、旦那様が馬鹿にされてしまいます。ですから、旦那様のためにもお嬢様の衣装が必要なんですよ。それに婚約者の綺麗な姿を迷惑だなんて思う殿方は、こちらから捨ててやればいいんです」
妙に力の入った説得に、シルフィーリは頷くことしか出来なかった。