ラピテル神の神子でした
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シルフィーリと共に朝食を取ったあと、名残惜しいが仕方なく仕事に行ったシリウスは、さっそく待ち構えていたヒューゴに捕まった。
「よう、おはよ。シルフィーリはどうしてる?」
「おはようございます、陛下。朝っぱらからにやにやするには止めてください。それとも、私の婚約者に懸想でもしてるんですか?残念ながら、シルフィーが選んだのは私で、あなたではありません」
「おい、んなわけねーだろ。これでも一応、気にしてんだよ。あいつ、ラピテル神の神子だろ?うちの兵たちも、あいつに近寄れなかったって言ってたし。ガチだったらさすがにただの人間には手の出せん領域の者だ」
帝国の皇帝が自分をただの人間と言うのは笑えるが、確かに何の超常の力を持たないという意味では、ヒューゴもただの人間だ。
「昨夜は疲れもあってぐっすり寝ていたようですし、今朝は私を楽しそうに起こしに来てくれましたが、異常はありませんでしたよ」
「……起こしにきた?誰を?」
「私をです」
「当然、寝ているところを、だよな」
「当たり前でしょう?どこかで頭でも打ってきましたか?」
「つーと何だ、シルフィーリはお前の寝室に入ってきたのか」
「そうです。安心してください。執事や侍女も一緒でしたから、まだ手は出していませんよ」
「当たり前だ!いくら気に入って婚約者にしたとはいえ、お前が幼女に手を出す人間じゃないと思っているから託したんだ。あのな、シルフィーリは神子として育てられたんだ。その理由や彼女の存在が何なのか分かるまで、ちゅーも禁止だ」
「親愛のちゅーくらいはいいでしょう」
「頬までだ!」
何で俺がシルフィーリの父親みたいなこと言ってんの?何でコイツ、昨日からおかしくなってんの?ねぇ、何で?
ヒューゴの問いに答えてくれる存在は、この場にはいない。
いるのは皇帝とその側近の会話を聞いて、腹筋と頬筋の限界に挑戦している護衛騎士だけだった。
「あ、陛下、明日から休みください」
「却下」
「シルフィーに街を案内する約束をしたんですよ」
「お前、シルフィーリの名前を出せばいいと思ってるな?」
「はい。だって彼女は神子ですから。真偽はともかく、そういう存在だと認識されています。神子が帝国で大切にされていると分かれば、うるさい宗教系の人間は黙らせられます」
「なら、フィアドラ神の神殿にも行ってこい。ラピテルの神子がフィアドラ神を参拝する、それだけでうちの神官たちも文句はないだろう」
帝国の主神はあくまでもフィアドラ神だ。ラピテル神の神子が参拝すれば、それだけで神官たちの自尊心を満足させられるだろう。
高位の神官なら、逆に恐れおののくかも知れないが、そういう神官ならシルフィーリを丁重に扱う。
「誰の反応を見てくればいいんですか?」
「大神官だ。シルフィーリを連れてくると分かってから、神殿に預けてほしいという要請をしてきた」
「もちろん、本当の理由なんて教えてはくれなかったですよね」
「神子は神の傍にいるのが当然だという主張だったな」
「分かりました。行ってきます」
「おう、あ、でも休みは明日だけだ」
「えぇー」
「そんな不満そうな声を出すな、気色悪い」
聞いてる方はよく分からない内容のまま、いつの間にか明日、シリウスがシルフィーリを連れてフィアドラ神の神殿に行くことになっている。
そして、シリウスは休みが明日一日しかないと言われて、すごく不満そうな声を出していた。
「長期で休みがほしかったら、もっと働け」
「これでも寝る間を惜しんで働いてるんですけどね。まぁ、冗談はこれくらいにして、ラピテル神の神殿はシルフィーのことをどう言っているんですか?」
「同じだ。こっちで大切に育てるから寄こせと言ってきた」
「うちはフィアドラ神の勢力が強いですから、ラピテル神の方に行くと面倒くさいことになりそうですね」
「フィアドラ神の神官なら、対話は出来るからな。そういう意味でもお前の婚約者になった分、あいつら気軽にシルフィーリに手を出せなくなったな。ざまぁみろ」
神は敬うが、神の名のもとに好き勝手にしようとする宗教家たちが嫌いな皇帝は、神官たちに嫌がらせが出来たとご機嫌になった。
「あいつらの仕事は、神に民の安寧を願い、その心を癒やすことであって、政治や国のあり方に口出しをすることじゃねぇ」
「分かっています、陛下。シルフィーは絶対に渡しませんよ」
「万が一奪われたなら、全軍で神殿に攻め込むぞ」
「はい」
ずいぶんと物騒な約束がヒューゴとシリウスの間で締結された。
シリウスの婚約者になり、ヒューゴの保護下にあるシルフィーリに、そうそう簡単に手は出せないと思うが、万が一という事態も有り得る。
自分が許可を出して部下の婚約者にした少女。
そんな少女が、神殿の好き勝手にされるのを我慢出来るほど人間が出来ていないことを自覚しているヒューゴは、万が一があった場合、本気で元凶の神殿に全軍突入の号令を掛けることに躊躇うつもりなどなかった。
「はは、もしフィアドラ神の神官どもが騒いだら、ラピテル神に乗り換えるか」
「そんなこと、ラピテル神もフィアドラ神もお許しくださいますかね?」
「幸い、お前の婚約者は、ラピテル神の神子だ。ラピテル神も愛しい神子の願いなら無下にも出来んだろう。フィアドラ神には、神に仕える者たちの不信心っぷりを暴露しよう」
楽しそうな二人の会話は外に漏れることもなく、自分たちの知らないところで何故かフィアドラ神の神官たちは危機に陥っていたのだった。