朝食の席にて
読んでいただいてありがとうございます。遅くなりましたが、のんびり更新にお付き合いください。
シリウスを起こすという大役を果たしたシルフィーリは、その後、ケイトと共に食堂へと向かった。
「食事のマナーも神殿とは違うよね?」
「神殿でのマナーがどのようなものかは存じませんが、お嬢様は貴族の奥方になられるのですから、やはり身に付けていただくことになります。ですが、本日は神殿で教えられたマナーでかまわないと思いますよ。まだ、家庭教師の手配などもされておりませんし」
神殿で生活をしたことのないケイトでは、シルフィーリがどういったマナーを身に付けているのかは分からない。今日の朝、マナーが出来ないからと言って、怒るシリウスでもないだろう。
シルフィーリ自身がマナーを気にしているということは、それなりの教育を受けてきた証拠だ。
「お嬢様は、神殿ではどういった勉強をなされていたのですか?」
「神様に祈る儀式の手順とか神話とかが多かったかな。でも、私は神子だからエライ人たちと会ったり王宮に行かなくちゃいけない時があるからって、色々なマナーを教えられたの。でも、頭の中で、神殿でのマナーと王様に対するマナーと貴族に対するマナーがごっちゃごちゃに混ざってて、どれがどれだか分からなくなっているのよ」
「まぁ。今度はそこに、こちらの国のマナーも加わることになるのですね。お嬢様は、こちらの国でずっと暮らすことになると思いますので、あちらの国で覚えたマナーは、一度記憶の片隅にでも置いておいてください。勉強については……そうですね、旦那様にお嬢様が一番興味のあることをおっしゃってみてはいかがでしょう?」
「私の興味があること?」
「はい。一度にあれこれ覚えるのは大変だと思いますので、まずはお嬢様が興味のある分野から勉強していくのがよいのではないでしょうか?」
ラピテル神の神子として育てられてきたシルフィーリは、恐らく通常の教育とは別の教育を施されている。これだけ素直な性格をしているので、勉強そのものは嫌がらないと思うが、真面目すぎて言われたことを何でもやろうとすればどこかで無理がたたって壊れてしまう。
ただでさえ、生まれた国から引き離されたばかりなのだ。
まずはシルフィーリの興味のある分野を中心に勉強を始めて、そこから様子を見ながら徐々に広げていく方がいいだろう。
「うーん、なら、歴史が一番興味があるかな」
「歴史ですか?」
「歴史って、面白いのよ。その本を記した人物や国によって、全く見方が違うの。正反対のことが書かれていたり、教科書には書かれていないことが書いてあったり」
「そうですね。勝者の歴史と敗者の歴史では、書き方がだいぶ違いますからね」
シルフィーリとケイトの話の途中で、食堂にやってきたシリウスが会話に参加した。
その時点で、ケイトはすでに部屋の隅にまで下がった。
「シリウス様」
「シルフィー、朝は起こしてくれてありがとうございます」
「あの、明日からも私が起こしに行ってもいいですか?」
「ええ、もちろんです。朝一で君の顔を見ることが出来るのは、嬉しいですから」
シリウスの言葉にシルフィーリは、ぱっと顔を輝かせた。
「はい、明日からもがんばります」
「お願いします。それで、シルフィーの興味は、歴史ですか?」
「比較すると面白いのです」
「学園で習うのは、いわゆる正史と呼ばれるもので、言ってみれば勝者側から見た歴史です。歴史には争いが付きものですから、当然敗者側から見たことは、また違う見方になります。それに、各々が感じたことを書いた書物もありますから、読んでいると新しい発見もあって楽しいですよ。神話もそうです。シルフィーの国と帝国では、ラピテル神とフィアドラ神の関係性も違いますからね」
「神官様から教わったことは、ラピテル神様とフィアドラ神様はとても仲が悪くて、だからフィアドラ神様を主神とする帝国とも仲が悪いのだと聞いていました。ですが、帝国に来る時に一緒の馬車に乗っていたフィアドラ神様の神官様は、ラピテル神様とフィアドラ神様はとても仲が良くて、それゆえに大神様から会うのを制限されているのだとおっしゃっていました」
「神々もまた、人の都合の良いように言われてしまうものです。さすがに神々の真実までは分かりませんが、シルフィーが歴史と神々について興味があるのでしたら、そちらの家庭教師からまずは用意しましょう」
ケイトは大変よい仕事をしてくれた。まずは、シルフィーリの興味があることからスタートだ。
シルフィーリはさすがに神子だけあって、神々のことに興味があるというのなら、大神殿に連れていくのもいいだろう。
家庭教師の一人は神官の方に頼むとして、誰にお願いしようかな?あまりにもガチガチのフィアドラ神こそ崇高派だと、ラピテル神の神子であるシルフィーリのことを敵対視しそうなので、ほどよく適当な思考回路を持つ人物がいい。
「シルフィーは、勉強以外にやってみたいことはありますか?」
ずっと神殿の中で生活をしていたと聞いている。この際、思いっきり好きなことをさせてあげたい。
「……えっと、あの。出来ればなんですが……」
「はい?」
「街を見て歩きたいです!」
ちょっともじもじしながらも、はっきりとシルフィーリは言い切った。
「街ですか?」
「はい。王宮に行く途中で、街の様子が少し見えたのですが、とても楽しそうでした。私、神殿から出たことがほとんどないので、他の方々がたまに街に出掛けて行くのが、とても羨ましかったんです」
神殿で一番年下だったシルフィーリに、皆はよくお土産を買ってきてくれた。
主に小さな子供が喜ぶお菓子が多かったのだが、それを食べながら聞く街の様子に、いつかは行ってみたいと憧れを持っていた。
「なるほど。そうですね。では、明日にでも行ってみますか?」
「いいんですか?」
「かまいませんよ。せっかく婚約者が出来たのですから、私も溜まりに溜まった休みを使ういい機会です」
その言葉にシルフィーリは驚いた。
「あの、シリウス様も一緒に行ってくださるのですか?」
「そのつもりでいますが……お邪魔でしたか?」
「いいえ!とんでもないです!本当に一緒に行ってくださるのですか?」
「はい、もちろんです」
シリウスが一緒に行くと知ってぱぁっと顔を輝かせたシルフィーリは、勢いよくシリウスに抱きついた。
「嬉しいです!」
無邪気にシリウスに抱きついてきたシルフィーリを、シリウスはそのまま抱き上げてイスへと座らせると、自分はその隣の席へと座った。
「喜んでくれて嬉しいですよ。さぁ、食事にしましょう」
「あの、向かいあって座るものではないのですか?」
「通常はそうですね。ですが、向かいあって座ると、まだ幼い君では声が届きませんし、こうして隣に座っていた方が、君を近くに感じられますからね。私たちはまだ知り合ったばかりで、これから仲を深めていくというのに、私の仕事が忙しくてあまりかまってあげられないかもしれません。ですから、食事の時くらいこうして隣同士に座って、ゆっくりおしゃべりしましょう」
いかにもな理由を付けて、シリウスはシルフィーリを自分の隣の席が定位置になるように誘導した。
「たしかにそうですね。分かりました。でもシリウス様、お疲れの時は無理なさらないでください」
「君とこうしておしゃべりをするだけでも、疲労回復になります。どんなことでもかまいませんので、必ず私に言ってくださいね」
「はい」
シリウスの言葉にシルフィーリは嬉しくなり、にっこりと笑いかけたのだった。