閑話:巫女
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ソファーに横たわって眠る女性は、美しい女性だった。
淡い金色の髪の毛は緩くウェーブがかかっていて、丁寧に手入れをされていることが分かる。
胸元には、大粒のエメラルドが輝いている。
「巫女様」
王都にいた頃からの馴染みの神官の声に、巫女と呼ばれた女性は怠そうに起き上がった。
せっかくいい気分で昼寝をしていたというのに、どうしてこう無粋なのか。
開かれた瞳は、胸の宝石と同じエメラルドグリーンだ。
「……どうかして?」
起こされたのは不本意だったが、さすがに声を荒げるようなことはしない。
そんなことをするのは、優雅ではないから、というのが理由だ。
ただ、これでもし巫女の機嫌を損ねるような理由だった場合、この神官の未来がここで閉ざされるだけ。
巫女の声一つで、神官の将来は決まると言っても過言ではない。
まして、王子の恋人だった巫女は、今までずっとそうやって生きて来た。
王国が帝国に吸収されたとはいえ、ラピテル神の巫女である自分を大切にしなければ天罰が下るに違いない。
「先ほど連絡がありまして、新しい領主様はシュレンベーグ大公殿下となったそうです」
「シュレンベーグ大公殿下?どんな方なの?」
「皇帝陛下のお従兄弟に当たられる方で、年齢は二十四歳です。帝国では陛下の次に重要な人物と言われており、とても有能な方だそうです」
「それで、外見はどうなの?わたくし、いくら大公殿下といえど、蛙のような方には嫁ぎたくないもの」
「ご安心ください。大変見目麗しい御方だそうです。巫女様と並んでも、遜色はごさいません。それも都合の良いことに、あの神子が婚約者になったそうです」
神官の言葉に、女性はぱっと顔を輝かせた。
「まぁまぁまぁ、それはあの神子にしては上出来でしてよ。褒めて差し上げなくてはね。そんな機会はないでしょうけど。おほほほほ、わたくしのために選ばれた御方なのね」
「はい。巫女様のための大公殿下です」
「でしたら、さっそく会いに行かなくてはね」
「そのことですが、ただ今、大公殿下のご一行がこちらに向かって来ているそうです」
「あら、好都合ね。神子は?」
「どうも一緒に来るようです」
「ますます好都合ね」
「はい」
「規則とはいえ、神子に婚約破棄をさせないと、わたくしが嫁げないもの」
「さすがに他の神官がうるさいので、規則には従っていただきませんと」
「分かっているわ」
美女はとても嬉しそうな顔をしていたのだが、急にその表情が曇った。
「……ねぇ、まさかと思うけど、あの神子はまだ子供だったわよね。自分の婚約についてちゃんと理解しているのかしら?」
「ご心配には及びません。その辺りはきちんと教育を施しております。いくら子供でも、自分の婚約がどういうものかは理解しているでしょう」
「ならいいけど」
神殿の序列で言えば、巫女は神子よりも下になる。
けれど、実際には巫女となる者は有力貴族の子供が多く、現世では巫女の方が力を持っていた。
逆に神子に選ばれるのは、身寄りが少なく、貴族階級の者よりは庶民階級出身の者が多かった。
巫女は神殿が選ぶが、神子は神様が選ぶ。
そして、神様に選ばれる存在だからこそ、神子には制限が多かった。
婚約に関してもそうだ。
けれど、その制限はあくまでも神殿が勝手に決めたことで、神様から何か神託が降りたとかそういうことはない。
ないけれど、それをいいことに神官たちが好き勝手に規則を決めたところもあり、それが今まで続いてしまっていた。
巫女と神官に都合のいい規則ばかりを残して、神子のことは蔑ろにしているのだが、そのことを誰も不思議に思っておらず、むしろ当たり前だと思っていた。
いくら神様に選ばれた神子とはいえ、貴族である巫女の方が上に決まっている。
巫女たちの考え方は、ずっと変わることなく続いてきたのだった。




