偽兄弟商人の楽しい旅④
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この国で生まれて育ったとはいえ、シルフィーリはあまりにラージェン王国のことを知らないことに、改めて気付いた。
知っているのは、神殿の周辺と、シルフィーリがいつも行っていた場所だけ。
神官たちの権威が通じる範囲までのことで、その他の場所がどうなっているのかシルフィーリは全く知らなかった。
「兄さん、この辺りは長閑ですね」
馬車がゴトゴトと進んでいる道の周りには、麦畑や野菜畑などが広がっていて、つい最近、帝国に戦争を仕掛けて負けた国とは思えない。
「そうですね。でも、フィー、農作業をしている人たちをよく見てください」
「え?……あ、女性や子供ばかりです」
「男性は徴兵されたのでしょう。国が負けた後、すぐに戻ってくるわけではないので、人手は足りていないと思います」
「あの方々は、旦那様や子供たちが戻ってくるかどうか、不安な日々を過ごしているのですね」
「えぇ、そうでしょう。下っ端の兵士であれば、もう間もなく解放されるでしょうが、下手にちょっとでも上の方の階級にいれば、もう少し拘束期間は延びるでしょうね。戦争を犯した罪は、王侯貴族や軍でも上の者が取りますが、多少、話を聞く必要がある者もいますので」
帝国としても徴兵されただけの一般人をどうこうする気はないので、抵抗せずに大人しく帝国の法に従うのならば、特に何かすることはない。
彼らの家族も、もう少しすれば無事に解放されるはずだ。
「ですが、戦争で被害を受けた地域もありますし、女子供だけの農作業では例年通りの収穫量を確保することが難しいかもしれません。ほら、フィー、あそこを見てください」
シリウスが見ている方を見ると、農地の中にぽっかりと空いている場所があった。
「あそこまで手が回らなかったのか、あそこの土地を持っている家の者が全員、徴兵されたのか分かりませんが、あの場所で今年は農作物を作ってはいないことは分かります。そういう場所はいくつもあると思うので、ラージェン領全体で、去年より収穫量が落ちていると考えていいでしょう。陛下に食料を回してもらうか、豊作だった地域から買うかしないと、乗り越えられないかもしれません」
「……初めから種を植えていない場所で豊作を願ったところで、何も実ることはありませんよね」
「そうですね。税金なども、少しの間は免除をする必要がありそうです。その間にラージェン領を豊かな場所にするのが、私たちの役目です」
「私、たち?」
「フィー、いえ、シルフィーリ、君は私の婚約者ですよ。二人でラージェン領を治めていくことになるのですから、この土地を豊かにしていくのは二人の役目です」
「……二人の役目……」
シルフィーリは、ずっと一人だった。
神子と巫女は、同じ神に仕える女性だが、その役割は大きく違う。
厳しい戒律を課せられて神殿に囲われ、家族さえ自由に会うことが出来ない神子と、比較的自由で、半ば貴族令嬢の箔付けのための地位と化していた巫女。巫女の中には、婚約者がいる者さえいた。
シルフィーリが一人で孤独に儀式などを行っていたのに対して、巫女たちは何人かが集まって楽しそうに奉納の歌や舞を披露していた。
物心付いた頃から何をするにも「神子だから」という理由で、一人で行っていたシルフィーリは、シリウスの二人でやる、という言葉に少々感動していた。
たとえそれが今だけの言葉でも、これから先、シルフィーリはずっと孤独ではなかったのだと思うことが出来る。
一時は、婚約者に認められる存在になれたのだから。
「ふふ、嬉しいです」
だからシルフィーリは、素直に喜んだ。
「シリウス様と一緒に何かやれることは、とても幸せなことだと思います」
「私もシルフィーと一緒にいるのは、とても嬉しくて幸せですよ」
名前、と言おうとして、シリウスは止めた。
せっかくシルフィーリが、シリウスと一緒で幸せ(意訳)と言ってくれたのだ。
ここで名前のことを言うほど、無粋ではない。
「シルフィーも何か意見があったらどんどん言ってください。帝国の大人ばかりが集まると、どうも考えが固くていけませんから」
「子供の意見になりますよ?それに、私もあまり外のことは知らないので、神殿基準になってしまうかも」
「自由に言ってくれていいんです。実現出来るかどうかや実用性などは、こちらで考えます。大切なのは、私たちが思い浮かばないような意見です。シルフィーが言ってくれなければ、気付くことも出来ませんから」
シリウスたちだけだと、どうしても帝国の政治に沿った意見しか出て来ない。
新しく帝国領になった場所に、ただそれを押しつけたところで、反発されるだけだ。
良い部分は吸収して継続し、新しい意見に耳を傾けないと、いつか破綻する。
「このまま継続させた方がいいものもあれば、変えた方がいいものもあります。ある意味、今はいい機会なんです。今ならば、思い切ったことが出来ますから。逆に言えば、膿を出し尽くすことも出来ます。というか、します。そのために、今はしっかりラージェン領のことを見て回りましょうね」
「はい、シリウス様」
シリウスは、素直に頷いたシルフィーリの頭を優しく撫でてそう言ったのだった。




