偽兄弟商人の楽しい旅②
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「フィー、あまり遠くには行かないようにしてくださいね」
「はい。ケイト、あそこの花は何?」
「あれは、ルビーの花ですね。赤い色がルビーにそっくりなので、そのままの名前が付いています」
昼食のために、街道のすぐ横に馬車を止めて休憩に入ったので、さっそく馬車の外に出られたことの嬉しさを隠せないシルフィーリが、侍女のケイトを連れて花を見たり触ったりしていた。
ケイトもいつもの侍女服ではなく、商家の使用人に相応しいワンピースを着て楽しそうにしている。
シルフィーリにケイトを付けたのは、ケイト自身が子爵家の出なので貴族のアレコレや礼儀作法に詳しいことと、下に弟妹がいるので面倒見が良いからだった。
性格も悪くないので、世間知らずのシルフィーリにちょうど良いと思ってのことだった。
幸い、シルフィーリとケイトの相性は良かったようで、仲の良い姉妹のような関係を築いているようだ。
「フィー様、こちらの花は家の庭にも咲いていますよ」
「本当?これってどこにでも生えるの?」
「寒い地域は無理らしいのですが、それ以外の場所なら比較的育ちやすいそうですよ。この花の色は黄色ですが、他にも青や赤といった色の花もあるんですよ」
「帝都の屋敷にも、たくさんの色の花があるの?」
「変わったところでは、花びらが紫と白の二色になっている花もあります。二色の花は、珍しいそうです」
「もうちょっと庭をきちんと見ればよかった」
「帰ったら、案内してもらいましょう。フィー様が見てくださるのでしたら、庭師たちも今まで以上に張り切って花を育てると思いますよ。何せ、花に興味のない旦那様だけだと張り合いがなくて、もうちょっと興味を持ってほしいと嘆いていましたから」
「えーっと、シリ、じゃなくて、兄さんはパッと見で庭が整っていれば文句は言わなそう」
「その通りです。じっくり見られることもなくて。ですから、庭はフィー様が好きなようになさっていいと思います。フィー様がお好きな花をたくさん植えましょうね」
ケイトがにこりと笑ってそう言ったので、シルフィーリも嬉しそうに頷いた。
外に出ても神子の勤めだと言われて、すぐに怪我人の治療やら何やらをやらされていたシルフィーリには、神殿の外の世界を眺めることも出来なかったし、神殿内にあった小さな中庭に出ることさえも許されていなかった。
朝起きたら神様に祈って、信者たちと話をして、神官たちの言うがままに仕事をして、夜になったら、寝る、それだけを繰り返す日々だった。
昔、誰かに花束をもらったことがあったのだが、その花束は巫女の一人が持って行ってしまった。
まともに部屋にいない神子様には世話は出来ないだろう、自分の部屋の方が日当たりも良くて花がある環境としては最適だから、そんなことを言っていた。
シルフィーリもあまり日の当たらない寒い自分の部屋に置いておくよりは、と思って花束をもらう度に、その巫女に渡していた。
それでふと思い出した。
あの巫女はどうなったのだろう、と。
巫女は神官の中でもまだ若く、生まれた家はそれなりの家柄だというの貴族令嬢だった。
それだけではなく、どうも彼女を気に入っていた貴族たちがいて、巫女本人もそのことを自慢しているような人だった。
シルフィーリが捕らえられて帝都に護送されると決まった時、ラージェン王国の神殿に残っていた人たちはそのことを悲しみ、シルフィーリの身を案じてくれていたが、それ以外の神官や巫女たちの姿は神殿にはなかった。
逃げ出したらしいという話は聞いたのだが、それ以降の消息は不明だ。
「フィー様、どうかなさいましたか?」
「ううん、何でもない」
帝都に連れて来られたシルフィーリや帝都にずっと住んでいるケイトに、神官たちの居場所など分かるはずもない。まして、今、何をしているのかなんて、絶対に分からない。
王都に行けば、もうちょっとその辺の情報も収集出来るだろう。
逃げ出していたとしても、下手な抵抗をしなければ、酷い目には遭っていないはずだ。
フィアドラ帝国の兵士たちは、その辺りはきっちり教育されていた。
シルフィーリに出来るのは、彼らが無事であることを祈ることだけだった。




