偽商人兄弟の楽しい旅①
読んでいただいてありがとうございます。
「さて、フィー、そろそろ本格的に兄弟ごっこをしましょう」
「はい、シリウス様」
「はい、ダメです。フィー、呼び方は?」
「えっと、兄さん」
「そうです。忘れないでくださいね」
ちょっと気を抜くとすぐに名前で呼んでしまいそうで怖かったので、シルフィーリは小さな声で「兄さん、兄さん」と一生懸命シリウスを呼ぶ練習をした。
もちろんシリウスには丸聞こえだったので、そんなシルフィーリの姿を見てちょっと和んでいた。
皇帝の命令は面倒くさいことばかりだが、たまにはこうしてご褒美的なこともある。
今回のこれは、そんなご褒美の中でも最上級なものだろう。
ちなみにヒューゴは、どうせシリウスをシルフィーリ付きで派遣するのなら、気分良くやってもらいたいという気持ちでいただけだ。
別にご褒美を与えたなどとは思っていない。
「これからどこに行きますか?」
「まずは、ジャスミンという街に行きます。フィーは行ったことはありますか?」
「いいえ。その……基本的に神子は王都から出ることがなくて……。他の街にも行きたいと言ったことはあったのですが、聞き入れてもらえませんでした。神子は王都にいるものだと言われたことがあります」
シルフィーリは、神子だからこそ色々な場所を見て回りたいと言ったのだが、神子を王都に閉じ込めておきたい神官たちに止められていた。
ラージェン王国を守る神子だと言うのならば、王都だけではなく王国全体のことを知らなければ意味がないはずなのに、余計なことは考えなくてもいいとさえ言われた。
シルフィーリは自分が神殿育ちで世間知らずであることを自覚していたし、幼い身で旅に出たところですぐに悪い人に捕まってしまうであろうことも理解していた。
けれど、いつかラージェン王国を旅してみたいと思ってはいた。
その願いが、まさかこんな形で叶うとは思わなかったけれど。
「……ありがとうございます」
「何がですか?」
「いつか、こうして各地を巡りたいと思っていたんです。私が守るべき大地を見たかったから……」
シルフィーリがシリウスに微笑むと、シリウスはくすりと笑った。
「あぁ、それはものすごく時間がかかりますね。何と言っても、フィーが守るべき大地はものすごく広がりましたから」
「え?」
「だって、そうでしょう?ラージェン王国はフラフィス帝国に併合されたんです。ということは同時に、ラージェン王国を守る神子はフラフィス帝国を守る神子になったんですよ。帝国領は広いですからね。私も名前しか知らない場所がたくさんあります。ちょうどいいから、仕事を陛下に押しつけ、ではなくて割り振って私の時間を空けましょう。婚約者が行くのならば、当然、私も行くべきですよね」
笑顔のシリウスは、頭の中で本当にその算段をしていそうで怖い。
そもそも帝国の大公殿下が長期間遠出していてもいいものだろうか。
今回のこれは、目的地に行くまでに本隊とちょっと違う道を少人数で行くだけで、そこまで到着に時間的なずれはないはずだ。
あちらは大所帯なのでそもそも動きが悪く、こちらは身軽で速いがちょっと寄り道が多い予定なので、最終的には似たり寄ったりの時に目的地の旧ラージェン王国の王都に着く予定で動いている。
そうではなくて、ただ自分が守護する国を見たいという個人的な感情で動くのに、そこにシリウスも一緒に行っても大丈夫なのだろうか。
「あの」
「フィーが何を心配しているのか何となく想像が付きますが、神子が国を知りたいと思っているのに、皇族の一人である大公が自国のことを知りません、ではいけないでしょう?それに話を聞いたり、報告書などを読むだけでは実感が湧かないんですよ。なので、ちょうどいい視察になります」
「そうなんですね」
そう言いながらも、シルフィーリの頭の中では皇帝ヒューゴが、
『ふざけんなよ、シリウス!こうなったら俺も一緒に行ってやる!』
と、そんな風に叫んでいる姿が簡単に想像出来てしまった。
ヒューゴに会ったのはほんの数回だが、素の彼はきっとこんな感じだと思う。
そしてヒューゴにとってシリウスは、素のままで接することが出来る数少ない人間なのだろう。
だがそんなヒューゴの数少ないお友達は、婚約者と出かける方を優先する気でいる。
「婚約者と出かけることが出来るのは、とても幸せなことですよね」
「はい」
別に脅されているわけではないけれど、笑顔のシリウスにそう言われたら肯定しないといけない気がしたシルフィーリは、反射的に頷いていたのだった。




