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誘拐??

読んでいただいてありがとうございます。

「旦那様、誘拐はなりませんぞ!!」


 シルフィーリを連れて家に帰ると、真っ先にシルフィーリを見つけた執事のハッサンが叫んだ。

 

「シリウス様、誰かを誘拐されたのですか?」


 シルフィーリが下から見上げながらシリウスに聞いた。

 ハッサンの向いている方向には、シリウスとシルフィーリの二人しかいない。シルフィーリはシリウスの婚約者になったので、誘拐されてきたわけではないので、シリウスが誘拐してきたという人物は誰なのだろう?


「状況的に、加害者が私で被害者はシルフィーですね。ハッサンは私が君を誘拐してきたと勘違いしているんですよ」

「まぁ、それは大変ですね。ハッサンさんには私から誤解を解きましょうか?」

「いいえ、それくらい自分でやります。それにあながち間違いでもありませんから。シルフィーは陛下に誘拐されて帝国に来て、それをさらにこうして連れ帰っているのは私です」


 誘拐……これは誘拐になるのだろうか。確かに故国からここに連れて来られはしたが、無体な目にはあっていないし、実は神殿から外に出たことのなかったシルフィーリは、見るもの全てが新鮮で楽しかった。

 ちょっぴりわくわくしていたのは、誰にも言っていない秘密だ。


「この国に私の知り合いはいませんし、婚約者となったのなら保護してくださったのでは?」

「朝、仕事に行った主がこんな早い時間に帰ってきて、さらに見たこともない少女を連れているんですよ。不審に思っても仕方ありません。ちなみに私は基本、暗くなってからしか帰ってきませんので」

「それは……お身体は大切になさってください」

「そうします。何せ私の婚約者はまだ幼いですから。君とこれから先の人生を長く共にするためには、健康第一で過ごさなくてはなりませんからね」


 なぜかすでに激甘路線に突入しているような気がするシリウスの笑顔に、シルフィーリ、でなくて、いつの間にか集まっていた周りの人間が引きつった顔をした。


「だ、旦那様、旦那様の笑顔だと!?何年ぶりだ?」

「少なくとも、ここ十年は見ておりません!」

「貴重すぎる!!誰か画家を呼んでこい!」

「待って。それよりも大旦那様と奥様にお知らせを!」


 ばたつく使用人を見ながら、シルフィーリは、そういえばさっきもシリウス様の笑顔でおかしな空気になりかけていたような……?ということを思い出した。


「やれやれ、私の笑顔がそんなに珍しいものなのでしょうか?」

「周りの方々の反応を考えるとそうなのでは?シリウス様は、大変魅力的な笑顔をお持ちだと思うので、これからは振りまいていけば物事が順調に進むのではありませんか?」

「それはそれで勘違いする女性が多くて困りそうですよ。あぁ、そうだ。でしたら、常にシルフィーが私の傍にいてくれればいいのではありませんか?婚約者の君に笑顔で接するのは当り前のことですから。職場でも貴女がいてくれたら、仕事がはかどりそうです」


 シリウスの提案にシルフィーリは、帝国ってそういうものなの?と思ったが、返事をする前にハッサンが主を止めた。


「お待ちください、旦那様。職場にお嬢様をお連れするのはいかがなものかと思われます。お嬢様が大勢の見知らぬ男性に囲まれることになりますよ。誰も彼もがお嬢様を見たい放題になります」


 ハッサンはこの一瞬で、的確に主にどんな言葉が有効なのか気が付いた。

 予想があっていれば、シリウスはシルフィーリが『大勢の男性』に囲まれるのを嫌がるはずだ。

 護衛ならともかく、それが信頼のおけない不特定多数ならなおさらのはずだ。

 案の定、シリウスは眉をひそめた。


「それは大問題ですね。シルフィーには傍にいてほしいですが、不躾な男の視線にさらしたいわけではありません。仕方ありません、諦めます」

「そうなさってください。失礼をいたしました、お嬢様。わたくし、ハッサンと申します。この屋敷を取り仕切っている者でございます。小さなことでもかまいませんので、何かございましたらすぐにわたくしにお知らせください」


 ハッサンがそう言って頭を下げると、その場にいた者たち全員が頭を下げた。

 先ほどまでの騒がしさがうそのように、その場は静寂に満ちた。


「シルフィーリです。シリウス様とは本日、初めてお会いしたのですが、私がシリウス様を選んだばっかりにこうして婚約者となってしまいました」

「何をいっているのです、シルフィー。私は君が婚約者になってくれたことを嬉しく思っています。あの女好きの皇帝が、たまには良いこともするものだと感心したくらいです。全員、顔を上げなさい」


 シリウスの言葉に使用人は全員、顔を上げた。ここにいるのは、シリウスが選び抜いた者たちばかりなので、そうそうおかしなことはしない。だが、成人男性のシリウスと幼い少女であれば、接し方も世話のやり方も何もかもが違う。

 母親くらいの年齢の者がいいのか、若い女性がいいのか迷うところだ。

 チラッと侍女たちを見れば、誰もがシルフィーリを見ては顔をほころばせ、シリウスの方を見ては決意に満ちた瞳をしている。

 シルフィーリの世話をするのは嫌だという人間はいないようで、喜ばしいことこの上ない。


「ハッサン」

「はい。後ほどこちらで何名か選抜いたしますが、まずは、ケイトをお嬢様付きにします」


 名を呼ばれたケイトは、使用人の中から一歩前に進み出て、シルフィーリに頭を下げた。


「ケイトと申します、お嬢様。本日よりお世話をさせていただきます」


 ケイトは二十代後半の女性で、この屋敷に長く勤めていて周りからの評判も良い。

 よく気が付き、柔和な顔立ちをしているので、シルフィーリを怖がらせることもない。

 何よりケイトは、没落したとはいえ元子爵令嬢。淑女教育を一通り受けており、貴族の通う学院では王宮侍女を目指して勉強をしていたのだ。残念ながら、学院を卒業する直前で実家が没落したので辞めざるを得なかったが、それまでの成績は優秀だった。


「ケイト、シルフィーを頼みますよ。彼女は今までラピテル神の神子として生きてきたので、神殿の外のことを何一つ知りません。それを踏まえて世話をしてあげてください」

「かしこまりました」

「シルフィー、遠慮はいりませんからね。何かあったらすぐにケイトかハッサンに言ってください。貴女に不自由はさせません」

「はい、よろしくお願いします」


 にっこり笑ったシルフィーリに、屋敷中の人間が虜になった瞬間だった。

 


 

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