文官たちの声
読んでいただいてありがとうございます。
「忘れ物はありませんか?シルフィー」
「はい。大丈夫です。ウェンディお義母様からいただいたものは、全て侍女の皆さんが詰め込んでくれました」
「ハンカチは?もし、途中で気分が悪くなったら、すぐに言ってください。休憩しますから」
「それだと着くのが遅くなってしまいますよね?」
「シルフィーの体調の方が優先です。あちらには他の文官たちが先に行っていますから、多少、私たちの到着が遅れたところで、何の支障もありませんよ」
シリウス様、まるで……。
お母さんのようですね、とは見ている誰も言えなかった。
あと、向こうの文官たちだけでは色々と限界がきているので皇帝の名代として大公が行くことになったのですから、きっと向こうはすでに支障だらけです、と、一緒に行く追加の文官たちは言えなかった。
「シリウス様はあちらに責任者として行かれるのですから、早い到着を待ちわびていると思いますよ?責任者が不在の場は、混乱することも多いと思うのであまり落ち着きませんから」
シルフィーリのそんなフォローに、文官たちがうんうんと頷いていた。
「大丈夫です、責任者はいますから。たいていのことは、ビートマール侯爵で片付きます」
そのビートマール侯爵は、武官です。軍の方なので、片付け方が武力行使なんです。でも世の中、武力ではどうにもならないこともあるんですよ。分かって言ってますよね?
笑顔の大公殿下に、文官たちの心の声はきっと届いていない。届いていてもきっと無視している。
「そうなのですか?」
「えぇ、侯爵は有能な方ですから、むしろ、私が行くことで侯爵の邪魔をしてしまうかもしれませんね。元ラージェン王国に関しては、あの方が今の責任者ですから、やりたいことも色々とあるでしょうし」
その侯爵から、俺はあくまで武官、早くここの正式な責任者を寄こせ(意訳)という手紙が届いたので、今回の人事に繋がったのだが、大公殿下は心優しい婚約者にそのことは告げていないらしい。
「シルフィー、向こうに早く到着したとしても、体調を崩していたら意味がありません。向こうに着いたらすぐに動けるように気を付けるのも私たちの大切な仕事ですよ。ですから、少しでも体調が悪くなったら休憩しましょう。二、三日遅れても元気で到着するのと、予定通り到着してもすぐに寝込むのとでは、どちらが印象が良いと思いますか?」
「あ、元気な方がいいです。寝込んでいるのは、ちょっと……」
「そうです。やる気がない、この地に来ることに不満を持っている、身体が弱い、そんな風に受けとられかねません。気力が弱いとでも思われれば、元ラージェン王国の者たちの間から強気な発言や態度を取る者も現れますからね。そういう者たちをいちいち潰していくのは面倒くさい作業なので、最初から元気に上から抑え込んだ方が後が楽なんですよ」
「はい。分かりました」
納得したのか笑顔で返事をする婚約者に、大公殿下の機嫌が良くなっていった。
周りで聞いていた文官たちも、その説明に納得は出来た。
が、納得出来ないことも多々あります、と心の中で叫んでいた。
シリウス様、どうして婚約者の方が男の子のような服を着ているんですか?
男装した少女か、少女に見える少年か、ぱっと見は迷うところですが、どちらにせよ、高貴な方のお忍びにしか見えないです。
あと、十歳って聞いてましたけど、もっと幼く見えますよ。
外見年齢差、ヤバイです。
それに、ちょっと溺愛っぷりが……。
これが幻覚を見たっていう人間が続出した原因か……。
噂では聞いていたけれど、シルフィーリのことを初めて見る者も多く、シリウスの溺愛っぷりに顔が引きつりそうになった。
だが、これがいつもの状態なのか、大公家の使用人たちが全く動じることなく笑顔で二人の様子を見守っていることに気が付いて、さらに顔が引きつった。
つまり、これから毎日、これを見させられる、と。
最近、皇宮内では、シリウス様が激甘顔をしている幻覚を見た、という者たちが続出し、全員が疲れているのだろうという結論に達していた。
その噂を聞いた皇帝陛下から直々に、幻覚じゃなくて現実だから、という言葉が職場に届いたことも記憶に新しい。
よく見たら、武官たちは遠い目をしていた。
文官と武官、普段は書類上のやりとりしかしていないことが多いのだが、今回の旅路ではきっと同じような光景を見ては、同じように視線をそらす気がする。
武官と文官の目が合い、彼らはお互いに一礼したのだった。




