約束ですよ
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家に帰ると、シルフィーリが疲れた顔で出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、シリウス様」
疲れた顔をしているがそれでもシリウスの顔を見ると、にこりと微笑んでくれたシルフィーリは健気で可愛かった。
「ただいま、シルフィー、今日は疲れたでしょう?ウェンディ様は、無駄に元気がいい方ですから」
「えっと、そんなことは……」
「無理をしなくていいですよ。正直、私もウェンディ様の相手をすると疲れます。今度は皇帝陛下に押しつけましょうね。実の姉君なのだから、ウェンディ様のこともよくご存じですから」
「でも、とてもお優しい方でした。それで、その娘って言われたのですが……」
「あぁ、書類上のことだけですが、シルフィーはウェンディ様の娘になりました。今のままだと敗戦国の神子という身分しかないので、どこかの貴族の養子に入れようと思っていましたが、ウェンディ様が名乗りを上げてくれたんです」
「すみません。私がシリウス様の婚約者になってしまったから」
しょんぼりしたシルフィーリの頭を、シリウスは優しく撫でた。
「個人的にはシルフィーに身分がなくても別にかまわないのですが、うるさい者たちもいますから。適当な身分にしようと思ったら、ウェンディ様に怒られましたよ。自分の養子にするか、陛下の養子にするか選べと迫られて……さすがに陛下の養子にするのはちょっと困るので、ウェンディ様の養子になってもらいました。すみません、事後報告で」
「いいえ、私のためを思ってやってくださったんですよね。私のことはシリウス様に全てお任せいたします。ですが……その……」
シルフィーリがぎゅっとシリウスの服の袖を掴んだ。
「……急にいなくならないでください」
「シルフィー?」
「……神殿にいた頃、仲の良かった女性の方が何人も急にいなくなってしまったことがあって……後で、どこかに嫁いだと聞いたのですが、お別れの挨拶も出来なかったので……せめて、別れの挨拶はしたいんです」
さらにぎゅっと手に力が入ったのが分かった。
きっといなくなった女性たちに、シルフィーリは懐いていたのだ。
……その女性たちは、本当にただ嫁いで行っただけなのだろうか。
シリウスには、嫌な想像しか出来なかった。
たとえば、神殿が人身売買をしていたとしたら……、誰かがその女性たちを気に入って無理矢理連れていったのだとしたら……。
ラピテル神は、間違いなくシルフィーリのことを気に入っている。
けれど、他の人間はどうだろうか。
お気に入りの神子以外の人間に関心がなければ、たとえ神官たちが何をしていようが神にとってはどうでもいいことだ。
そもそも、帝国がシルフィーリの故国に攻め込んだ理由の一つに、神殿の腐敗があった。
シルフィーリは神子だったからそれなりに大切にはされていたようだが、あの国の神官たちは全身に宝石を身に着けているような人物が大神官を名乗っていた。
「あの、シリウス様?」
「あぁ、すみません、シルフィー。そうですね、私があなたの傍から離れる時は、必ず用件を言います。いなくなる期間や時間も伝えます。ですから、シルフィーも必ず私に教えてくださいね。あぁ、そうだ。それを朝の日課にしましょう。朝食の場で、その日の予定を教え合う。それなら私はシルフィーの予定を把握することが出来るし、シルフィーも安心しませんか?」
「で、ですが、何をするのか分からない日もあります」
「なら、そういう日は夕食の時に、その日に何をしていたのか聞きます。予め、分かる範囲で教え合えばいいんですよ」
シリウスがそういうと、シルフィーリは顔を輝かせた。
「それなら出来ます」
「ではそうしましょう。約束ですよ?」
「はい!」
「ですが、不本意なことに仕事などで帰りが遅くになる時もあります。そういう時は、私のことを待っていなくてもいいですから、ちゃんと寝てください。あなたの健やかな成長が私の願いです」
「……そういう日はとても寂しく感じると思います」
「私も寂しいです。そういう時は、後でまとめて聞きますから」
「無理はなさらないでください」
「はい。シルフィー、あなたもですよ」
「……お約束します」
二人の間に出来た特別な約束が嬉しくて、シルフィーリはふわりと笑ったのだった。




