男装幼女が可愛かったから
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「陛下のご命令で行くのですから、こちらの書類にサインをお願いします」
そう言ってシリウスが持ってきた書類を確認したヒューゴは、目を見開いた。
「おい、シルフィーリがいつに間にかウェンディ姉上の娘になってるんだが?」
ウェンディというのはヒューゴの異母姉で、今はジュノー公爵家に嫁いでいる女性だ。
可愛いものが大好きな彼女は、幼い頃のヒューゴとシリウスを可愛がってくれていたのだが、大人になった男二人は可愛くないと会う度にいつも文句を言ってくる。
「シルフィーは、ウェンディ様の好みにバッチリ合っていますから」
「……お前、会わせたのか……」
「ジュノー公爵がシルフィーのことを漏らしていましたので、すぐに会っていましたよ。どうしてもっと早くに連れて来なかったのかと理不尽に怒られました。女主人的な存在がいない家では、可愛い娘が不自由するでしょうと言われました」
「あー、そーだなー。お前、あんまりシルフィーリにドレスとか贈ってないだろう?」
「これから贈る予定だったんですよ。そう言ったら、遅いと怒られました。連れ帰ったならその日に用意しろと」
「……姉上にしてみればそうなのだろうなぁ」
「ウェンディ様の屋敷には、いつ誰が来てもいいように各種ドレスの用意があるそうです。お抱えのデザイナーを呼べば、すぐに来るものだそうですよ。そこから時間がどれだけかかろうが、似合う最新のドレスを注文しなければいけないそうです」
「……お前には無縁の世界だな」
「私の場合、サイズを計るだけで、デザインは全て執事に任せていますから……」
「お前に似合う服は、本人よりちゃんと分かってるだろうからな」
「はい」
シリウスはその場に相応しい服装でさえあれば基本的に着る服に頓着しない性格なので、全て他人任せだ。きっちり系の服ならたいてい似合うので、デザインに苦労しない。そもそも男性の服はそこまで変わることもないので、定番の物を着ておけば文句など出ない。
「今日、シルフィーはウェンディ様の餌食……ではなくて、ウェンディ様の指揮のもと、公爵家の娘に相応しいドレスや小物を買っていると思います。すぐに向こうの国に行くと言ったら、なおさらすぐに作らないといけないでしょうと怒られました。帝国は神子の扱いもまともに出来ないのかと言われたいのかと……」
「あーそうだな。アイツ、あれで神子だったな」
「人気のある幼い神子を無理矢理帝都に連れて行き、年の差がある婚約者を宛てがったのは帝国なのに扱いが酷い、などと言われるのはムカつきますから、ウェンディ様には思う存分シルフィーに相応しい物を買ってください、とお願いしてあります」
「支払いはお前持ちかー」
「当然でしょう?私の婚約者の物ですよ。シルフィーにお礼を言われる権利は誰にも譲りません」
「そっちか!」
幼女のお礼目当てとは、恐ろしい。
いや、まぁ、確かにシルフィーリがヒューゴに向かって「ありがとうございます、お父様」とかちょっと微笑んで言ってくれたら、それはそれで嬉しい。
ヒューゴと似たような性格の姉は、きっと今頃、戸惑いながらもお礼を言う幼女に撃破されているところだろう。
「ウェンディ様が乗り込んでくる前に、その書類にサインをお願いします」
「してもいいが、姉上の娘ということは、俺の姪にもなるがいいか?」
「姪っ子を思う存分愛でて甘やかしてくださいね」
「うわ!お前、絶対にシルフィーリを使って俺に何かさせる気だろう!」
「何を言っているんですか。陛下を動かしたかったら、もっと別の方法があるのでそちらを使いますよ。シルフィー関連は最後の最後に仕方なく使うだけです」
「心が狭すぎだ!」
文句を言いながらもヒューゴはその書類にサインをしたのだった。