憧れるのは男装の麗人
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シルフィーリに、旅の間は自分の子供の頃の服を着たらどうかと提案したシリウスは、サイズが合うかどうか確認するためにシルフィーリが着替えに行っている間に、屋敷に溜まっていた書類の処理をした。
「やれやれ、皇宮でも家でも書類は待ってくれませんね」
「待たせた分、積み上がっていくつもの山が出来るだけです」
侍従の言葉に、分かっているよと呟くと、シリウスは次々にサインを書いていった。
しばらくすると控え目なノックがされて、シルフィーリが恥ずかしそうな顔で入ってきた。
「あの、こういう服を着るのは初めてなんですが……どうですか?」
首元や手首の辺りにフリルがふんだんに使われたシャツに淡い緑色のパンツを履き、髪の毛を赤いリボンで一つにまとめたシルフィーリが、その場でくるりと回った。
後ろで侍女たちが満足そうな顔をしているので、きっと褒めそやしたに違いない。
そして、シルフィーリはシリウスの褒め待ちなのだ、きっと。
もちろん、シリウスはその思惑に全力で乗った。
「可愛い。本当によく似合っていますね。うん、私の服がぴったりで、まるでシルフィーのための服のようです」
「シリウス様が私より年下の頃の服だそうです」
「成長度は人それぞれですから。シルフィーだってすぐに大きくなりますよ」
正直、シルフィーリの身体は小さい方だと思う。
神子として、食べる物さえあれこれ制限されていたせいだろう。
今は普通の食事を出しているが、シルフィーリの食べる量は全体的に少ない。
それでも、色々と工夫してシルフィーリには食べさせている。
たとえば、休憩の時にはフルーツなどを一緒に食べるようにしているし、時々、甘い物も食べる。
おかげでシリウスは、今まで滅多に食べなかった甘いお菓子を食べる機会が増えた。
疲れている時などは、甘い物がよりいっそう美味しく感じることが出来るということを発見した。
「パンツって、すごく動きやすいですね」
今まで、ズルズルとした裾が長めの服しか着てこなかったシルフィーリにとっては、こういう服は初めての経験だった。
とても走りやすそうで、はしたないと思いつつも、ちょっとだけ廊下を走らせてもらった。
「馬車から乗り降りするから、そういう服の方が動きやすくていいでしょう。やはり、シルフィーには可愛い男の子姿でいてもらいますか」
「はい!」
シルフィーリは素直に喜んだ。
神殿に仕えていた騎士の中には、女性の騎士もいた。
彼女たちは男性と同じような服を着ていたので、その正装姿はとても格好良くてちょっと憧れていた。
今はまだまだ小さいけれど、シルフィーリは自分が大人になった姿を想像して彼女たちのようになれるかどうか、何度も考えたことがあった。
神子としての正装姿ではなくて、騎士としての正装姿の自分を妄想してみたが、いつも長い服ばかり着ていたせいで、あまり上手く想像出来なかった。
それに正直、自分が何歳まで生きていられるかが分からなくて、いつも最後はむなしさに沈んでいた。
「神子としての服も持ってはいきますが、基本的にはそっちの服で行きましょうか。その方が色々と誤魔化せますしね。弟ということにしておけば、私にくっついていても不思議に思う者はいないでしょう」
「はい、嬉しいです」
弾む声を出したシルフィーリはこの時、何も気が付いていなかった。
兄弟設定にしたことで、道中「お兄様」と呼ばされることになるとは、全くもって思ってもいなかった。
だが、もっと計算違いをしていたのは、シリウスの方だった。
シルフィーリの純粋な「お兄様」という呼び方が、色々な意味で心に響くことになるのだった。
辺境伯夫妻とどっちが甘いかなぁ……。