飴と飴
読んでいただいてありがとうございます。
シリウスはともかく、シルフィーリはほとんど着の身着のままでここに来たので、準備といってもほとんどすることはない。
せいぜいシリウスが揃えてくれた服や小物をまとめるくらいだ。
それにしたって、シリウスはもうちょっと落ち着いたらシルフィーリの好みに合わせてオーダーメイドで揃えるつもりだったので数は少ないし、シリウス的に全然納得出来る物ではない。
シルフィーリは肌触りも良くて神子服に比べれば十分華やかなので気に入っている物ばかりだが、もっと甘やかしたいシリウスが既製品の中から妥協して揃えた物ばかりだ。
「貴族の女性は、だいたいオーダーメイドのドレスを着るものですよ。シルフィーはもったいないと思うかもしれませんが、私たちがお金を使えば庶民にも何らかの形で影響を与えますから。余裕がある者はお金を使った方がいいんですよ」
「私のドレスを作ってもらうと、それがお仕事になるからですか?」
「そうです。というわけで、シルフィー、旅行に行くための動きやすい服もいくつか用意しましょうね。時間的にオーダーメイドは無理ですが、長旅になりますので、それなりの数が要ります」
「ここに来た時の服ではだめですか?」
シルフィーリが帝都に連行されて来た時は、着ていた服しか持っていなかった。
捕虜として連れて来られたので、当たり前といえば当たり前なのだが。
ただ、神子服はゆったりとしていて身体を締め付けないので、着ていて楽なのだ。
特に馬車は揺れるので、締め付けられる服だとけっこう辛い。
そういう理由で、シルフィーリはけっこう真剣に神子服推しだった。
「揺れる馬車で締め付けられるのは嫌です」
「そうですねぇ。確かにシルフィーが辛いのでしたら、ゆったりとした服の方がよさそうですね。……あぁ、そうだ。シルフィー、よければ私の小さい頃の服を着ますか?」
「……え?」
シルフィーリのポカンとした顔を見て、シリウスはくすくす笑った。
「大丈夫ですよ。私が君くらいの背の高さの頃の服は、女の子でも着られるようなデザインの服でしたから。母がけっこう迷信深い方で、小さい頃は男女の区別がつかないような服を着させていると無事に育つ、という言い伝えを信じていて、当時の私の服はフリル付きのシャツにゆったりとしたパンツでした。淡い系の色合いの服が多かったので、シルフィーにぴったりだと思いますよ」
「思い出の服なのでは?」
「母が何でもとっておく性格の人だったんです。クローゼットで眠っているだけの服ですから、シルフィーが着てくれるのなら、服も喜んでくれますよ。服的には着る物なのに着てもらえない状態というのは嫌だと思います」
「言われてみれば……?」
確かに服なのだから、着られてこそ本望というものだろう。
「旅の間、シルフィーを男の子にしておけば、変な誘拐犯も現れないでしょうから。あ、ですが変わった趣味を持つ者もいるので、絶対に私の傍を離れてはいけませんよ」
可愛い男の子狙いの者たちもいるので、シリウスはシルフィーリにしっかりと言い聞かせた。
「行きはそんなことはなかったのですが」
「ある意味、守られていましたから」
帝国の兵士にギッチギチに囲まれて輸送されている幼女に手を出す命知らずの誘拐犯は、さすがにいなかったのだろう。誰だって、自分の命は惜しい。
確か輸送の責任者の将軍には、シルフィーリと同じような年齢の子供がいたはずだ。
皇帝に謁見した後、シルフィーリがどうなるかは分からなかったが、それでも道中くらいはしっかりシルフィーリを守ってくれていたのだろう。
「そういえば、責任者の方にいつも声をかけていただきました。あと、飴をもらいました」
「子供にお菓子は必須ですから」
飴をもらったことを嬉しそうに話すシルフィーリの姿を見て、シリウスは飴やお菓子を用意しようと心に決めた。
普段、シリウスはあまり甘い物を食べないので、この屋敷にはあまり甘い物を置いていない。せいぜい、使用人が休憩で食べる物くらいだ。
だが、飴でこんなに嬉しそうな顔をするのだ。他のお菓子をあげれば、きっともっと嬉しそうな顔をシリウスに見せてくれるはず。
けっして、輸送の責任者に嫉妬したとか、そういうのではない!
基本、うちの漢前(辺境伯様含む)はお嫁さんに激甘なのです。




