面倒くさいことが起きた
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機嫌の良いシリウスほど怖いものはない。
何となくそんな風に思いながら、ヒューゴはシリウスの方を見た。
「お前、そんなに婚約者を溺愛するタイプだったっけ?」
「シルフィー限定です。万が一、この婚約がなくなってシルフィー以外の女が新たに婚約者になった場合、私の機嫌は最悪だと思ってくれていいですよ」
「うわ、絶対に俺に嫌がらせがくるやつじゃん。お前とシルフィーリの平穏は守ってやる。と言いたいところだが、問題が起きた」
「聞きたくありませんね」
「聞けよ。シルフィーリに関係する話だぞ」
「仕方ありませんね、聞きましょう」
シリウスは凄く嫌そうな顔をしたが、シルフィーリが関わってくるのなら仕方がないと思ったのか、ヒューゴの話を聞く態勢に入った。
「おう、聞け。元ラージェン王国だが、あの戦で男性の王族はほとんど死んだし、生き残っていた女たちは修道院に送ったから生涯出てくることはない。貴族たちも有力者たちの処分は済んでいる。あっちに送ったやつらがきっちり調べたら、ものすごく腐敗していて残った貴族の方が少なかったってよ。神官たちも癒着がすごくてなー。処分対象がたくさんいたそうだ。なので、こっちの神殿から神官を送るように手配してある」
ラージェン王国というのは、今回愚かにも帝国に何故か戦を挑んできたシルフィーリの故国だ。
国力も軍の練度も何もかも大きく違うくせに、何故か国王以下全ての王侯貴族が帝国に勝てると盲信して戦を仕掛けてあっけなく敗れた国だ。
すでに領土全ては帝国の支配化に置かれているが、貧富の差が大きく、内情を調べるとよくこれで国家運営が出来ていたな、と呆れるくらい賄賂と横領が横行していた国だった。
「そんなヤツラがシルフィーを好き勝手していたのかと思うと、むかつきますね」
「調べさせたが、まぁ、あんまりいい境遇ではなかったようだな。そこはこれからお前が甘やかしていけばいい。で、問題はそのシルフィーリの人気の高さだ」
「は?」
「神殿には神官やら巫女やらがいたが、ほとんどのヤツラは神殿から外に出ることがなかったようだ。神殿と王宮を往復して民衆なんて見向きもしていなかった。だが、シルフィーリだけは何度も民のもとに赴いて、祈りやら何やらをしていたらしい。んで、他のヤツラはそのシルフィーリの人気の高さに目を付けて、ラピテル神の神子がいるのだから神の加護が絶対にある、だから王国が勝つ!とかいうわけの分からない根拠で帝国に挑んできたらしい」
「……滅ぼしましょう。跡形もなく」
「民は巻き込まれただけだ。そういったヤツラは今回でほとんど潰した。でー、その民衆がだなー、シルフィーリのことを気にしてるわけだ」
「帝国に連れていかれて無体な目にあっているのではないか、と心配しているのですね?」
「そうそう。シルフィーリがたった一人で帝都に連れていかれる様子を民も見ていたからな。まさか、お前の婚約者になってのほほんと過ごしているなんて誰も思ってないのさ。まぁ、俺もお前がここまで溺愛するとは思ってなかったけど」
「人というものは日々変わる存在ですよ」
「お前が言うな!」
毎日を淡々と仕事しかせずに過ごしてきたシリウスに言われたくない。
「いいですか、陛下、毎日を楽しいものにしたければ、まずは愛する女性を見つけましょうね」
「皇帝なんて、政略結婚以外出来ねーだろうが」
「おや、陛下、やってもいないうちから諦めるとはらしくありませんね。今までのらりくらりとその政略結婚をかわし続けてきたのですから、もう少し粘ってみてはいかがですか?」
「はいはい」
「言っておきますが、シルフィーはあげませんよ」
「心配しなくても、取らねーよ」
もうやだ。シリウスが怖い。
これもしあの時、シルフィーリがシリウスじゃなくて、俺を選んでたらどうなってたんだろう。
シルフィーリに惚れたシリウスと三角関係?
それ、何て修羅場。
さすがに皇帝と側近が幼女の取りあいをするのはちょっと……。
「まぁ、それはともかく、シリウス、お前、ちょっと元ラージェン王国まで行って何とかしてくれ」
「え?嫌ですけど」
何とか。
つまり元ラージェン王国、今は帝国のラージェン領となった土地を治めてこい、ということになる。
ラージェン領は、今は皇帝の直轄領として代官が派遣されている。
ヒューゴはシリウスに代官として戦後処理と傷ついた民、そして荒れた土地を何とかしてこい、と言っているのだ。
「いいから、行けって。ラージェンの王都周辺の土地はお前にやるから。あそこはラピテル神の信仰が厚いからその神子であるシルフィーリが幸せそうなら民の心も落ち着くだろうし、俺の信頼出来る者に任せたい」
「……仕方ありませんね」
「おう。頼むぞ。お前の判断でやってくれてかまわない。税に関しても、落ち着くまでは免除する。今駐留している軍をそのまま治安維持のために使ってくれてかまわない」
ヒューゴが無条件で信頼出来る者は少ない。
シリウスに任せておけば、戦後のゴタゴタに紛れておかしなことをする者は取り締まってくれるだろう。
ラージェン王国の内部がどこまで腐っていたのかは分からないが、帳簿などを確認した文官たちがあまりの改ざんの多さにさじを投げていたことを考えると、賄賂や横領などは日常茶飯事だったのだろう。
「せっかく帝都でシルフィーとのんびり暮らすつもりだったのに……」
「……お前、絶対、性格変わっただろ」
ヒューゴはため息を吐くシリウスにそう言わずにはいられなかった。




