選んだ。
読んでいただいてありがとうございます。
「選べ」
玉座に座った若き皇帝は、目の前にいる幼い少女に選択を迫った。
「今、この場にいる者たちは、俺が信頼する者たちばかりだ。結婚している者もいれば、婚約者がいる者もいる、だが、仕事が恋人だと抜かすやつが何人かいてな。お前が見事その中の誰かを選んだら、そいつの婚約者にしてやる」
シルフィーリの生まれた国は、フラフィス帝国に滅ぼされた。王族は全て殺されるか帝国の修道院に入れられたと聞いている。
シルフィーリは、王族でもなければ貴族でもない。
ただ、神殿で神子と呼ばれて育てられていた存在だ。
浄化の神ラピテル、その神子たる証として白い髪と紅い瞳を持って生まれたシルフィーリは、世俗と離されて生まれてから十年間ずっと神殿の中で生きてきた。
帝国軍がラピテル神殿を襲った時、シルフィーリも殺されそうになったのだが、そのたびに不可思議なことが起こり、帝国軍はシルフィーリに傷一つ付けることが出来なかった。
兵士たちは怖がり、軍の上層部も扱いに困り、そのまま皇帝に報告した。
それを面白がった皇帝がシルフィーリを帝都バベルまで呼び出しだした。
バベルで皇帝ヒューゴは、シルフィーリにいくつかの質問をした。
内容は、白き神ラピテルのことであったり、各国についてであったりと、本来なら十歳の少女と交わす会話ではなかった。だが、シルフィーリはヒューゴの問いに考えながらも答えた。それはシルフィーリが十歳にしては高度な教育を受けてきた証だった。
神殿内で純粋培養で育ったと聞いていたのだが、知識だけは大人顔負けに持っている。
そしてヒューゴは、飾らない言葉で語るシルフィーリを気に入った。
「お前は死なすには惜しいからな、一度だけチャンスをやろう。さあ、選べ」
にやにやしながらシルフィーリに向かって言ったが、もし失敗してもヒューゴはシルフィーリを殺す気はなかった。失敗したらしばらくどこかで監禁でもして、ほとぼりが冷めたらまた呼びだそうと思っていたのだ。
「……おそれながら陛下、私はまだ十歳です。ここにいる方々は、皆様、年上の方ばかりとお見受けいたします。もし私が選んだ方が当たりの方だとしても、私と婚約などしてはお可哀想なのではありませんか?」
年上、というかシルフィーリからしたらすでにお爺様と呼べる方もいるし、一番若そうな方でも絶対二十歳は超えている。一回り以上は年上の人に、十歳の子供を婚約者にするのはどうかと思う。
それもこんなゲーム感覚で幼女と婚約させられるなんて、あまりにも可哀想すぎないだろうか。
「かまわん。そいつらは仕事命で、恋人の一人もいないからな。だったら幼女が婚約者でも一緒だ。むしろ婚約者がいるだけマシだ」
「ですが、私には家もお金もありませんが……」
「気にするな。お前一人くらい養える程度には給料をやってるよ。それに一応、お前の婚約者になった者にはそれなりの手当を付けてやるさ」
本当に面白い。今、自分の命運がかかっているというのに、この少女が心配するのは選んでもいない婚約者のことだ。間違えたらどうするのか、とか考えていないのだろうか。
この場には、各方面の実力者が揃っている。皇帝自身も愛妾はいるが、正式に妻として娶った女性はいない。そのことは有名なので、シルフィーリが皇帝を選んでも、それはそれで正解なのだ。
さぁ、お前は誰を選ぶ?
「さっさと選べ」
「選べと言われましても……」
そもそも私は、と言いかけてシルフィーリは口をつぐんだ。それは誰にも言ってはいけないと神官長様と約束した話。生真面目なシルフィーリは、そのことを思い出して言いよどんだ。
「何だ?」
「あ、いえ、何でもありません」
ぽそぽそと小声になってしまったが、ヒューゴは一瞥しただけで、さらに選べと迫った。
ヒューゴに再度言われたので、仕方なくシルフィーリは周りをゆっくり見渡した。
選ぶってどうすればいいのだろう?
一通り見回してから、ヒューゴのすぐ近くに控えていた青年を真っ直ぐに見た。
そしてゆっくり頷くと、シルフィーリはとことこと歩いて彼の目の前まで行き、その手を握った。
「この方がいいです」
驚いた表情をしている青年を、シルフィーリはしっかりと捕まえて宣言した。
「……っあっはっはっはっは!マジか!お前、そいつを選ぶのか!!」
ヒューゴがこらえきれないといった感じで大笑いした。
一番分かりやすいエサである皇帝ではなくて、皇帝の側近である腹黒眼鏡を選んだシルフィーリに、ヒューゴはさらに好感を持った。
「大当たりだ、シルフィーリ。そいつは今まで浮いた話の一つもない堅物だ。身辺もとっても綺麗で、綺麗すぎて男として終わってるんじゃないかと思っていたくらいだ。はっはっは、皇帝命令だシリウス、お前シルフィーリと婚約しろ」
シルフィーリに手を握られたシリウスは、さて、どうしたものか、と思ったが、下からじっと見つめるシルフィーリを見てふっと笑うと、片膝をついてシルフィーリと視線を合わせた。
「お嬢さん、どうして私を選んだのですか?」
「……あなた様が一番、浄化されてるっぽかったので」
「……なるほど?」
浄化されてるっぽいって何だろう?
シリウスは、淡い金色の髪とアイスブルーの瞳を持っており、ここのところ室内に籠もって仕事をしていたので、日に焼けていない肌はそろそろ不健康と言われそうなくらいだ。
彼女は浄化の神ラピテルの神子。確か、ラピテルの浄化の炎は青白い炎だったはずだ。
つまり、シリウスの不健康そうな青白さが浄化されてるっぽいと認識されたのか。
「地位とか容姿ではなく、浄化されてるっぽいからという理由で選ばれたのは初めてですよ。だけど、今までで一番響きました」
「俺もお前に対してそんな評価をした女は初めて見たよ」
「もう少し、健康的な生活を送れるようにしたいですね」
そう言うと、立ち上がってシルフィーリを抱き上げた。
「きゃあ」
小さな声が上がったが、気にせずシルフィーリを抱き上げたシリウスは、彼の主に向かってにっこり笑った。
「陛下、では私とシルフィーリ嬢は、今、この時より婚約者同士ということでよろしいですね」
「お、おう。っつーか、何かのり気だな」
「えぇ、私も二十四歳になりましたので、色々と考えるお年頃でしたから。十四歳も年下の婚約者が出来るとは思ってもいませんでしたが」
腕の中の幼い婚約者が、どうしたらいいのか分からない顔をしている。
「大丈夫ですよ、シルフィーリ。私はお給料も十分いただいていますから、君を養うことくらい余裕です。君はその身一つで私のもとに来ればいいんですよ。それに私たちは、名前も似ていますしね」
「名前ですか?」
「そうです。私の名前はシリウスです。これから貴女のことをシルフィーと呼んでもいいですか?」
「おい、積極的だな」
自分で言い出しておいて何だが、予想外にシリウスが積極的にシルフィーリに関わろうとしている。っつーか、まだ未成年だぞ。手は出すな。
ヒューゴの心配をよそに、シリウスとシルフィーリは見つめ合って会話をしていた。
「ですが、本当に私で良いのですか?貴女が結婚出来る十六歳になった時、私は三十歳になりますよ?」
「……健康でいてくださるのでしたら」
「気を付けましょう」
すでに甘やかしモードに入ったシリウスを見て、ヒューゴは、あれ?俺、やべーカップル作っちゃった?とか思ったが、皆の前で言ってしまっている以上、もう取り返しはつかない。
「シリウス、お前……」
「シルフィー、今日はもう疲れているでしょう?バベルに着いたのが昨日だと聞いていますし、陛下と会ってからすぐにこの場に連れてこられたんですよね。というわけで、陛下、私の婚約者の体調が心配ですので、本日はこれにて下がらせていただきます」
「あー、好きにしろ」
ペイペイッと手で払う仕草をヒューゴがしたのを確認して、シルフィーリを抱き上げたまま器用に一礼すると、シリウスは広間から出て行ってしまった。
「……陛下、よろしかったのですか?」
何となく気まずい雰囲気になったが、ヒューゴだけは面白そうな顔をしていた。
「言い出したのは俺の方だし、シルフィーリは見事に結婚も婚約もしていない男を選んだ。シリウスも受け入れたことだし、何の問題もあるまい」
「敵対していた国の神子というのは問題になりませんか?」
「神子を婚約者に持ったってことで、シリウスの格が上がったかもな」
はっはっはっとヒューゴは楽しそうに笑った。
あー本当に見事だよ、シルフィーリ。俺を選んでも良かったのに、浄化されてるっぽいからとかいう訳の分からん理由でアイツを選びやがった。変な邪魔も入らなかったことだし、ラピテル神も納得してるんじゃね?うちのフィアドラ神の邪魔も入らなかったしなぁ。
シルフィーリの故国ではラピテル神を信仰し、フラフィス帝国では安寧を司るフィアドラ神を信仰していた。
元々両者は同じ神話体系に属する神々だ。帝国にも細々とだがラピテル神を信仰している者たちも存在している。
「しばらくは監視を付けろよ。シリウスだってそれくらいは承知してるさ」
「はっ」
ヒューゴの言葉で、何となくその場は解散となったのだった。