朱雀の力を受け継ぎし者
「朱華!ちょっと待ってよ!」
「はいはい、けど、早くしないと次移動教室だし間に合わないよ?」
「分かってるけど…」
私立四ツ神学園高等部。現在は清掃の時間だ。2年生の南里朱華と、同じクラスで幼馴染みの東野青羅(ひがしの·せいら)は、それぞれ大きなゴミ箱を抱えて歩いている。朱華は振り返って後ろをついてくる青羅を見ながら話していた。
「…おい、危ない!」
ふと、上の方から声がする。上の階で植木鉢を持っていた生徒が、手を滑らせたらしい。
「!朱華!避けて!」
「…え?」
気付いた青羅が声を上げる。朱華は立ち止まり、見上げると、植木鉢が自分に向かって落ちてきていることにようやく気付いた。しかし、突然のことに足が動かない。
ぶつかる!
そう思ってきゅっと目をつぶる。すると、
「きゃああああああああああ!!!!」
周囲の生徒から悲鳴が上がる。だが、朱華自身は全く痛みを感じていなかった。ギリギリ直撃は免れたのかとも思ったが、それにしても植木鉢が落ちて割れたような音もしない。むしろ、一瞬熱を感じたような…。
朱華は恐る恐る目を開く。そして、自分の額などに触れてみるが、やはり怪我はしていないようだ。続いて、周囲を見渡す。植木鉢の破片のようなものはない。代わりに、黒い燃えかすのようなものが地面に落ちていた。
「…朱華……」
「へ?一体、何が起きたっての…?」
青羅はじめ、周囲の者たちは何やら困惑している様子だ。事情を聞こうと、朱華は青羅に近づこうとする。
その時、予鈴の音が鳴り響いた。
「あ、やば!とりあえず話は後!早く片さないと!行こ、青羅!」
「あ、うん…!」
2人はゴミ箱を持って、小走りにごみ捨て場へ向かった。
ーー
「…見つけたぞ。"朱雀"…!」
茂みから、男の声がする。様子を伺っていたのは、生徒たちだけではなかった。
ーー
「…で?あの時結局何が起きたの?」
「…」
「ちょっと、青羅ってば!」
その日の帰り道。朱華は事情を聞き出そうとするが、青羅は黙り込んだままだ。
「何かみんな人のこと指差してヒソヒソ言ってるし…。ホント何なの…?」
「……朱華」
「うわ、何?!いきなり止まらないでよ…」
「…ちょっと、来て」
「え?…ちょ、待ってよ!」
青羅はようやく口を開いたと思いきや、今度はずんずんとある場所へ向かって進んでいく。そんな彼女についていく朱華。
たどり着いたのは、人気のない、公園の奥の大木の下。昔、2人が秘密基地と称してよく遊んでいた場所だ。
「懐かしい…!…じゃなくて、こんなとこ連れてきて、どしたの?」
「…朱華、見てて」
「…?」
青羅は落ちていた枝を一本拾う。そして、何やら集中している様子で、目を瞑る。
すると、彼女の黒い髪が、突如真っ青に変わった。
「…は?」
さらに、開かれた瞳も蒼くなっている。そして、青羅が枝を放り投げてパチンと指を鳴らすと、枝に向かって小さな稲妻が落ちたように、光り輝いた。
「っ!」
眩しさに一瞬目を反らす朱華。再び視線を戻すと、青羅の容姿は元に戻っており、彼女の足元に焦げた枝の残骸のようなものが落ちていた。
「…え?何?!手品…じゃないよね?!」
「…今のだよ」
「は?」
「…今みたいなのが、掃除のとき、朱華に起こったこと」
「…は?はああああ?!いやいや、嘘でしょ?!」
「本当!一瞬、朱華の髪が真っ赤に変わって…それで、炎が上がって、植木鉢を燃やしたの…」
「…そんな魔法みたいなこと、あるわけ…」
「さっき見たでしょう?」
「…そう、だけど…」
あまりにも突拍子もないことを突きつけられ、朱華はすっかり混乱していた。青羅は青羅で、少し気まずそうだ。
「…何?青羅は実は、魔法使いだったとか…?」
「違う!ちょっと前、いきなり家でプリントが燃えて…。髪の色も変わってるし、訳分からなくて…」
「そんなこと、一言も…」
「だって気味悪いじゃん!こんな力…。最近は、集中すれば自分の意思で使えるようになったけど…」
「じゃあなんで今、見せてくれたの…?」
「朱華にも、同じようなことが起こってたから…。…口だけで説明しても、絶対信じないでしょう?」
「まあ…見ても信じられなかったくらいだし…。…けどそっか。とりあえず、話してくれてありがと」
「うん…。…あ、朱華!あの…」
「分かってるって!誰にも言わないよ。私らだけの秘密ね!」
「…うん。ありがとう…」
「…けど、私は何人かに見られてるんだよね…。見てない人にも広まってそうな感じするし…。どうしよ…」
「それなら安心しなよ。ちゃんと記憶は消しといてやったからさ!」
「え?」
ふと、上の方から少年らしき声が聞こえてきた。かと思いきや、人影が樹の上から落ちてきて、2人の前に見事着地する。
「へえ、"朱雀"だけじゃなくて"青龍"も一緒にいるなんて。オレってばツイてるなー」
「…な、何?誰?」
「オレの名前はウォーグル。四神の力を奪いにきた!」
黄金の衣服を身にまとった少年は、その見た目に負けない派手な名乗りをする。一方朱華は、またしても混乱していた。
「…は?シジンノチカラ…って…?」
「…もう、いいから行こう!」
脳内処理が完了していない朱華に対し、冷静な青羅。朱華の手を取り、その場から駆け出す。
「え?青羅?急にどしたの?」
「どしたの?、じゃない!どう考えても怪しいでしょう…!早く逃げないと!」
「う、うん…」
「おいおい、逃がさないぜ!!」
ウォーグルは両手で地面をバン、と叩く。すると、地面の一部が盛り上がり、朱華たちの行く手を阻む。
「ちょ、何これ…?!」
盛り上がる箇所を避けながら進んで行く2人。ふと、わずかに盛り上がった箇所で青羅がつまずくと、手を握られていた朱華も連れてこけてしまう。
「さてと。これで終わりだな!」
ウォーグルが2人に向かって手を伸ばす。
まずい、捕まる…!
そう、朱華が思ったとき。
『手をかざせ』
「…え?」
どこから、というのではなく、頭の中に直接、女の声が聴こえてきた。
『奴に向かって手をかざせ。そして強く念じろ』
女の声が続く。
「こ…これでいいの?!」
訳が分からぬまま、微かな希望を信じ、女の声に従う朱華。ウォーグルに向かって左手をかざす。
ボッ!!
すると、朱華の掌から炎が噴き出した。彼女の髪と瞳も、燃えるような真紅に変わっている。
「な…っ、何?!」
ウォーグルは思わず自らをかばう。
「?!い、今のうち…!」
「!お、おい、待て…!」
消えぬ炎とウォーグルをその場に残し、今度は朱華が青羅の手を取って走り出す。
自分の家までたどり着くと、青羅も引き入れ鍵を閉める。2人とも、すっかり息を切らしていた。朱華の容姿は、いつの間にか元に戻っている。
「…ホント、何なの…?!」
ドアを背に、朱華はズルズルと玄関にしゃがみこんだ。