四話 不安を抱えて計画通りにできるのか?
「思った以上に楽しいですね」
「ガル守備隊長だけですよ」
ガルの独り言に近くにいたルイカは反応した。
ディル軍の分断された連隊がクロド村を襲ってきてから二日経っていた。
戦況は確認のしようがない。
村内に少しづつ敵兵を引きずり込んではガル守備隊長がほとんど瞬殺している。しかし村の内と外を分けている土塀に対しての破壊行為が激化してきている。奇跡的に分断した連隊には砲兵がいないのですぐに破壊されることはなかったが時間の問題となっている。
「そうですかな、しかし私のように楽しくなっていないだけマシですね、引き際をしっかりしてもらいたいので」
「つまり死ぬつもりですか?」
ガルは少し口角を上げ、しかし灰色の上髭によってそのことは隠された。
「まさか、ルドベール様のためにも生き残りますよ、しかしあの方は心が優しい」
「心が優しい?自分のために負け戦をするような人を?よく村長たちを説得できましたよね、村が焼野原になるかもしれないというのに、裏で私たち護衛隊には話さずさっさと降伏して命でも助けてもらう気ですかね?今回のディル王国軍を率いるのは王族であんなにも兵力差があるんですよ?自殺行為じゃないですか」
ルイカはガルが言ったことに反応してしまう。
ガルは少し間をおいて話し出す。
「ここで迎え打たないといけないのですよ、護衛隊だけで、だから何度でも言ってあげましょう、あの方は心が優しい。もしルドベール様がいなくなると私たち護衛隊はどうなるでしょうか?大半を犯罪者で組織されているそんな護衛隊ですよ。ほとんどが処刑ですよ。そんな犯罪者を戦力として考えてくれているのはルドベール様だけ。勝てばルドベール様がいなくなっても処刑は免れます。それとヴィルディが死亡したら護衛隊は確実に崩壊します、それすら考えているのですよ?相手が王族なのも承知の上でしょう」
ガルはルドベールに牢獄にいるときに助けてもらったのだ。ガルはとある事件がありルドベールに忠誠を誓った。
元より犯罪者が9割を占めている護衛隊は死にたがりの巣窟と化していた。とある男が移籍してくるまでは。それはヴィルディだった。ヴィルディは徹底的に護衛隊をしごき上げ、世界最強の護衛隊と化したことは誰も知らない。だから護衛隊は自分たちが他とは違うということは理解しながらもまだ未熟であると思っている。そもそも護衛隊は他の隊と関わる機会がないから、基準がよくわかっていない。
「つまりルドベール第四皇子は私たちのために戦って、わざとヴィルディだけ戦死させて護衛隊を崩壊させようと?」
「ええ」
「はぁ、わかりました」
ルイカはルドベール第四皇子に忠誠を誓っているガルと話すことは終わりが見えないと思い諦めた。
「話は変わりますがもうじき夜なので、また夜が明けたら会いましょう」
「は!」
実はクロド村にはクリーム村とハ村に繋がる道がそれぞれ一つずつある。ハ村に繋がる道はクロド村と接している森林の中にあるため、発見されるのはクロド村が占領されてからだ。一方クリーム村に繋がる道は元々村人が使っていたため簡単に道がバレてしまう。
そのためガルは夜の間クリーム村に行こうとする相手兵士を倒す役割があった。
「今晩も相変わらず少しずつですか」
暗闇の中から現れ、そして暗殺していく。淡々と作業のようにこなしていく。
しかしなぜ敵は私たちの兵士の数を推測し、一斉攻撃をしないでしょうか?2000から少し減ったとはいえまだ何倍もの兵数差があるというのに。クロド村の規模を考えてもよくて200人程度と推測できるはずです。それができないほど敵将は愚かなんでしょうか?
そんな疑問を思いながら日が明けるまで暗殺し続けた。
「よぉ、ガルじぃ」
ガルがクロド村内に戻るとヴィルディがいた。見た感じ一人で来たようだ。ヴィルディの顔はどこか嬉しがっているように思える。
「じぃはおやめ下さい、まだ私は34ですよ」
「そうだとしても、じぃはじぃだな、灰色の髭に紳士のような格好してる、そう歳をとっていると思われてもしかたないぞ」
ヴィルディが変える気がないことを理解するとガルは諦め、とあることを聞く。
「なぜ来ましたか?」
作戦ではある程度削って、敵本隊が来たら撤退のはずだ。そこにヴィルディが来ることは見込まれてない。
「それはもちろん今、襲ってきている敵を全員殺すためだ」
ガルや守備の役割にあたってない兵士は混乱した。一体なにを言っているのかと。
「まぁ、見とけ」
矢がクロド村に撃ち込まれているが護衛隊なら誰も当たらない。
ヴィルディはクロド村の門を出る。そして、
「うぉぉぉおおおお!」
ヴィルディが大声出したかと思うとヴィルディの姿が豹変した、ところどころひび割れた紫色の肌に、頭に生えた2本の捻れたツノ、そして3m程と予測できるほどの大剣を手にして、そして横に振りかぶった。
その瞬間、大剣が200mほど長く伸び、鎧を纏っているはずの敵兵がまるで紙を切るかのようにスッと切れていく。それと敵が張っているテントなど敵の野営地全体に大剣を届かせる。
ヴィルディが振り切ると大剣は元の長さに戻った。
振り終わったときにはそこには敵の死体やテントなどが横に一刀両断された状況だけが取り残された。
「これで敵本隊が来るまで余裕できただろ」
元の姿に戻ったヴィルディはガルたちの方にそう言い放った。
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「もうじき落石した大岩の撤去が終わります」
「そうですか、明日の深夜進軍します、兵にはそれまでに睡眠をとらせておいてください」
「はっ」
予定通り落石の撤去作業に一週間かかった。その間にジソ皇国は北部でディル軍の侵攻が起きていると発表されたがアカシリア皇国やリルリ皇国といった大国からの非難はなく、むしろジソ皇国の侵攻を支援することが発表され、ジソ皇国の東部戦線においてはこちら側が優勢となっている。世論はジソ皇国の宣戦布告に対してディル王国が本腰を上げたと思っている。
(一つの行動でここまで影響するんですね)
イーデンロンヌリは驚きと反省をしながらも、それよりも衝撃的なことがあった。それは、
「ジソ・ルドベールか」
ジソ皇国の第四皇子にして特別な力を持たない無能でいつも煙管を吸い、黒煙を出していることから無能黒煙皇子として呼ばれている皇子が総指揮官であることだった。
(私と同じ年齢ですか)
同年ということに意識してしまうが視察に来て、そのタイミングで侵攻に合って急遽対応していることは世論からの評価は高い。ジソ皇国の特別な力がなくても、それによって親から兄弟からそこまでよく思われてなくとも自国のために尽くそうとする心意気はさらに評価を高めた。
しかも東部戦線のために追加出兵させることを拒んだ。
ジソ・ルドベールはこの侵攻で亡くなっても勇敢な指揮官として評価され続けるだろう。
(戦況はどうなっているんでしょうか?)
この一週間、できる限りで地形や分断された隊の戦況を確認しようと試みたが得られたのは地形だけで戦況まではわからなかった。
地形は8000人が侵攻するには狭すぎることが判明している。クロド村への意図的に整えられた道を考えると他にもそういった罠があることは推測できる。さらにクロド村、クリーム村、ソ村に駐兵できる兵数は最大で1000人ほど。こちらが圧倒的に上回っている。
とある情報を手に入れた。それは敵の総指揮官を含めた数は101人しかいないことだ。これに関しては嘘であると考えられる。101人総出で罠を仕掛けようとも明らかに時間が足りないはずなのだ。
普通に考えると分断された兵数は2000人なので戦況はこちらが有利で、すでにクロド村の占領はできたと踏んでいるが、なにやら嫌な予感がするので早く侵攻したいと考える。他にも戦いができないと不満が溜まっている兵は一定数いるので焦っていた。
そして深夜、本隊が動いた。イーデンロンヌリは先頭にいた。誰よりも。
「え?」
目に飛び込んできたのは全滅した分隊だった。
イーデンロンヌリは生き残りがいないか探し出した。それを見習って全員が生き残りはいないかと探すが…ダメだった。
「なぜ?」
全滅するにしてもこんなにもまとまって死ぬことはない。しかもクロド村からの距離を考えると弓の射程範囲外であり、一時的な野営地として使っていた痕跡もある。だからこそ理解しがたいのだ。
「姫様」
リールの声でハッとさせられる。指揮官が混乱していてはいけない。
「まずは砲隊でクロド村の土塀を破壊後、第二連隊がクロド村に、第三連隊はクリーム村に侵攻します!他の第一、第五、第六連隊はクロド村占領後駐兵、それまでは待機!」
「「「はっ」」」
全員の兵士が返事をする。10000という兵数を率いるためには連隊もしくは大隊にわけ、さらに小隊まで細かく決めていたのだ。今回絶滅した分隊は実は第四連隊であり、歩兵や斥候しかいない部隊であった。
「どうやら本隊が来やがった」
「ヴィルディ、あなたは早く向かいなさい、すべきことがあるでしょう?」
ガルにそう問われ、ヴィルディはハッとした。
「忘れてた!」
ヴィルディは急いでハ村に続く道に向かっていった。まったく昔と変わらないのですねとガルは思う。
「では予定通りいきましょうか」
ガルは一緒に守っている九人にそう言い、ルイカの方に向かう。
「ルイカさん」
「なんでしょうか、ガル守備隊長」
ガルはルイカにしか聞こえない声で言った。
「ルドベール様は知っておりますよ、あなたがリルリ皇国のスパイだと言うことに」
ルイカは図星だったのかものすごく驚く。そして油断したかのように口を開けていた。
「決して言いふらしたりはしませんのでご安心ください」
ガルは予定通りクリーム村に続く道に向かっていった。
ルイカはバレていた驚きとわかっていたのになぜ対応しなかったのか混乱していた。
「ルイカちゃん、やるよ」
「はい!」
いつも仮面をつけているアルテミスさんに声をかけられ、意識を取り戻す。
計画通りにしなければという気持ちを持って。