坊主と元神官
「―― しばらく、拙僧には、よらずにいただきたい」
「なんだと?」
「お忘れになりましたか?ミカドに呼ばれましたのは、この愚僧。あの化け物にいいようからかわれて逃げ帰ってからは、ジュフク様にも質されるしまつ。―― こう、いともたやすく目を向けられてしまうなど、思ってもいないこと。これでは、拙僧ばかりが割りにあいませぬなあ」
「――天宮が、ここまで入ってくるとは、思っていなかったのだ」
「ここまで・・・ねえ」
く、とこぼれたそれに、黒い男がざわりと揺れる。
「おっと、ホムラ様、こんなところで火を起こすのはおひかえいただきたい。それと、――ひとつ忠告を」
「――――」
「お足元、お気をつけなされ」
「・・・なんのことだ?」
黒い男は余裕をしめすようわらう。
これ以上は口にしないほうがいいと悟った坊主も笑い返した。
「まあ、これでしばらくはお会いすることもない。気の弱い愚僧も、これでようやく落ち着けまする」
猪口をかかげてみせ、口へとはこぶ。
「――ケイテキ様に、よろしくお伝えくださるよう、願いますな。四の宮のコウセンのせいで、しばらく下界の人間の口ききの話もなくなりましょう」
暗に、原因はおまえたちにあるとほのめかし、こちらの意思を通す。
ふん、と顎をあげ笑う男が、出てきた闇へとさがった。
男の黒い髪で隠された左の眼は、伍の宮の元神官に潰されたと聞いた。
ばかでかい氷のかたまりとは別に、ホムラの顔だけを潰すように狙った氷塊たちが、いく百と突き刺さるように飛ばされたという。
鼻の骨と、頬骨、歯を折り、左目を失った男も、元、神官。
ギョウトクが見送る中、ホムラは闇に溶けてゆく。
――― 写しでなくともきっと、どこの闇からも現れるだろう。
なにしろ、潰された顔を、自分で元にもどせるのだ。
さすがに、眼球はだめだったようで、左目だけが、空洞のまま。
「――坊主ごときが図に乗りおって」
黒に溶ける寸前の白い顔が、たのしげな声を残して消えた。
ただの影となった壁の黒を見つめたままの坊主は、転がった徳利を拾うと、思い切りそこへと投げつける。
砕ける音に、寝ていた奴が一様にめざめた。
「おうおう、おまえらはまだ寝てな。これからまた人数増やして、てあたりしだい組み合わせてやるから今のうちな。 なに?おれか?いやいや機嫌悪くなどないぞ。あそこの壁にな、 ―――― おれの嫌いな蟲がわきでただけよ 」
――あれも、どうみたって妖物だ。
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