領域
「・・・あれを・・やりたいと、持ち出したのは、ケイテキ様でございましょう。それに、黒鹿のおかげで、ずいぶんと出来が早まる予定でございます」
「たしかに・・・・だが、黒森は、ただの森ではなかろう? それぐらいはおれも心得ておる。 いいか?ホムラよ。おれは確かに欲深いし、強引だ。だがな、自分の首を絞めるような、間の抜けたことだけは、するつもりはない。 天宮に行って、思ったぞ。おれは、人間の領域で威張るのが精一杯だ。あんなやつらがこっちにかかわってこないから、おれは好き勝手していられる。―― おまえが何を考えているかはわからんが、『領域』を間違えるなよ。 お前は西の人間だ」
ケイテキは着物の裾をひるがえし、本邸に戻ることにした。
本邸から離れて建つホムラのこの領域を訪れたのは、今が初めてだ。
引き取ったときにあの男が所望したのは、『円』をなす、自分だけの空間だった。
入ったとたん、床に並ぶ、たくさんの大瓶に顔をしかめることになった。
全てに木蓋がのせてあったが、ときおりそれが、ゴトリと動くものがある。
薬のような、鼻の奥を刺激する独特の香りが、建物全体に染み付いていた。
灯りは、水を張った盆が乗せられた大きなテーブルの上の小さなロウソク。
それが『円』の中身のすべて。
見渡したかぎり、人の暮らしというものが、まったく目に映らなかった。
――どこで、眠るのだ?
あの男を拾って五年以上たつが、なぜ禁を犯しても、女の堕胎などをしていたのか、いまだにその理由を知らない。
――― 聞く気も、ないのだ。




