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第四章 それはきっとどこの世界でも

 魔女の部屋は西洋ファンタジーとは程遠い。パソコンやタブレットが何個もあって、最近流行の異世界転生や悪役令嬢関係のライトノベルの本が飾られている。


「これは全て日本の人に買ってもらったものです。さて2人ともLGBTQは知っていますか?」


「知っています」


「詳しいです」


「それなら話は早いです。王女様はそのうちのトランスジェンダー、産まれた時の性別と生きていきたい性別が違うと思ったそうです」


 異世界の王女様とトランスジェンダー、その取り合わせに思わず固まる。


「それで簓木さんには話せないのですか?」


 なんとか言葉を出す。LGBTQ、性的少数者。これらのことを知らない人にトランスジェンダーのことを説明するのは難しい。そこで簓木さんを排除したのかもしれない。


「そーです。この世界ではまず受け入れられませんから。私だって知りませんでしたし。とはいえここはインターネット完備ですので、さくさくと調べました」


 異世界とインターネット。この取り合わせが珍しくて気になるけど、それよりも今は王女様のことだ。


 王女様は自分がトランスジェンダーだと考えて魔女のところへとやってきた。ではこれからどうするんだろうか?


「でどうしたらいいんですか?」


 私達は不思議そうに魔女を見る。


「できれば王女様にトランスジェンダーではないと説得して欲しいのです。王女様はこの国で大事なお姫様です。男として生きるなんてありえません」


 それを聞いて、私とみちは絶句する。


「……そんなことしたくはありません」


 私は慌てて答える。そもそもそういうことをしてはいけないことになっているはずだし、やりたくもない。みちにそんなことを言わせるなんて、残酷以外のなんでもないだろうし。


「そうですか。ではなぜ貴方たちはこのような本を持っていたのですか? 何かしら関係があるんでしょ」


「関係なくはありません。ただし私達がいた世界では否定するようなことをしてはいけないことになっています」


 この世界ではなじみがなくて、受け入れがたいことかもしれない。そこは分かっていたとしても、絶対無理だ。


「ということはどうしましょう。王女様はあちらの世界へ行き、男として生活したいといいだしたのです。今までこの国にふさわしい姫として生活することを心がけてきたのですが」


 魔女がため息をつく。それほどに王女様がトランスジェンダーであるという事実を受け入れたくないみたいだ。


「私達がいた世界で暮らすのは難しいでしょう。この世界でトランスジェンダーとして生きていけばいいのではないでしょうか?」


 私達がいる世界で別の世界の人が暮らす、それは難しい。私達が生きている世界では違うことを排除するのが普通で、別の世界で生きている王女様は絶対に受け入れられないだろう。


 それなら私達のいる世界の情報を手に入れて、この世界で何とかした方が良い。魔法の方が科学よりも、性別適合手術関係とか上手くやりそうな気もするし。


「それは無理です。このような考え方を受け入れることはできませんから。そもそも王女様が本当にこうなのかも分かりません。ただ王女として生きるのに疲れて、現実逃避しているだけかもしれませんし」


 魔女は否定の態度を変えない。


 そりゃあこのことを今まで知らなかった人があっさり信じてくれるのは難しい。どうすればトランスジェンダーではないことを説得することが無理、その事実を分かってくれるだろうか?


「トランスジェンダー関連はデリケートな話です。簡単に否定できることではありません」


「これは大事な話です。事が小さいうちに秘密裏になんとかした、そうこの国に所属する魔女として思います」


 インターネットを使い、今流行のライトノベルを読む。そこからは異世界という感じはしなかった。でもこんな風に国を出してトランスジェンダーを否定するところは、異世界感たっぷりだ。


 部屋が静かになる。これはもうどうにもならなさそうだ。


 魔女と私は考え、みちはぼーっとしている。


「みちも少しは考えて。意見か何か出して」


「ぼく以外のトランスジェンダーに会ったことがないから、そんなの知らへん」


「だとしても一番そのことに詳しいやん。当事者としてもう少し考えて」


 シスジェンダーの私や魔女よりも、トランスジェンダーのみちの方が絶対良い意見を出せそう。てゆうかより問題に関わっているので、他人事のようにしないで。


「トランスジェンダーなのですか?」


 魔女は驚いたようにみちを見る。


「あっそうです。ぼくは産まれたときは女性でしたが、今は男性として生活しています」


「気づきませんでした」


 魔女はかなり驚いたようだ。みちは平凡そうで性別が分かりづらい見た目をしているから、トランスジェンダーから程遠くはない。やっぱり異世界だから、トランスジェンダーの人がいるっていう想定をしなかっただけなのだろうな。


「個人的な意見ですが、元々女性として生きることに対して王女様は違和感を持っていたかもしれません。それではいとそうは考えないです。それにこれはトランスジェンダー専門の本ではなくて、同性愛とかの話もあります。もしそう考えなかったら、他と同じくトランスジェンダーには興味も持たないはずです」


「私もこういう本を何冊か読みました。ただトランスジェンダーとは思ったことはないです」


 私達の話を聞いて、魔女はよりいっそう悩みだす。なぜか窓の外を見始めた。


「かしこまりました。では王女様と話しをしてみませんか? そうすればもう少しこれからどうすればいいのか、考えることが出来るかもしれません」


 どうやら魔女は私達にトランスジェンダーを否定させることを諦めたらしい。王女様を紹介してみてくれるみたい。


 果たして王女様はどういう風に考えているのか。いやそんなことよりも元の世界へ戻りたい。話した後に、戻ることが出来るように魔女にお願いしよう。






 王女様はこざっぱりと部屋にいた。


 上質そうなジャージを着て、髪の毛は黒い上に乱雑な感じで短くなっている。これじゃあこの人がさっき会った王女様だって分からない。


 だけど王女様のところへ連れて行く、そう魔女は語った。他人ではないはず。


「髪色はどうして変わったのですか?」


 髪の色と性別はあんまり関係ないので、そこが気になった。


「あちらの世界ではあの髪色は不自然です。そこで戻しました」


 王女様は迷いなく私達のことを見る。


 これでは王女様が、私達がいる世界へ行く事を断るのは難しそうだ。てゆーか本当はほっときたい、だって私達は元々関係あるわけじゃないから。


「本当に日本へ行く気ですか?」


「あそこでは私の生きたいように生きることができます。この国で必要とされるのは王女であって、私ではありません。私は私として必要とされるところで生きたいのです」


 私として必要とされるところ、すなわち日本は性別移行しても行きやすい国だと王女様は考えているのだろうか?


 実際はそうじゃない。トランスジェンダーのことを理解せずにひどいことを言う人や存在すら認めない人もいる。確かにこの世界のように誰も知らないよりかはましかもしれないけど、知られている苦しみもある。


「別に日本が生きやすい国ってわけでもないです。他にもましな世界はいっぱいありますよ」


 トランスジェンダーの人が生きやすい世界。そんなの想像すら出来ないけど、魔法があるのだからありそうな気がする。


「ありません。他の世界ではこれほど知られていないです」


「そもそも日本がある世界は排他的です。異世界から来た人を受け入れてくれませんよ」


「それでも私は行きたいのです。どんな苦労があっても、この世界で生き続けるよりもましです」


 魔女の説得も反対して、うつむく王女様。


 王女様は自分が男として生きたいと気付いてしまった。それでこのままお姫様としてこの世界で生き続けるのは酷なことかもしれない。


「みち、どうしたらええ?」


「どうもできへんやん。そもそもどこに行っても幸せになることなんてできへんやろ。性的少数者はこの世界にも絶対おるはずやから、日本へ行くよりはそういう人達と協力して生きる方がええで」


「そうですね。それがいいです。日本へ行くよりはましです」


 みちの適当な意見に賛同する魔女。王女様を日本へ絶対に行かせたくないみたいだ。


「他の人は絶対に理解してくれません。王女様として国に尽くしなさいと言います」


「そりゃそうですよね。日本だって過去はそうでした。それでも頑張った人がいたおかげで、今このようにあちこちで知られるようになったんです。その人のように、この国で生きやすくなるように頑張ってみませんか?」


 そんなこと無理だ。その思いを持ちつつも話しかける。


 奈良県でもいるし他の地域にもいる、性的少数者のために活動する人。私はそういう人と無縁で、みちと共に人とあまり関わらずに生きてきた。


 だけどそういう人達がいなければもっと暮らしづらかったはずなのだ。この世界にみたいに性的少数者のことが知られず、今よりももっと生きづらかったかもしれない。


「日本はトランスジェンダーを含めた性的少数者にとって生きやすい国ではありません。そこでこの国を日本よりも生きやすい国にしてみませんか? それがこの国に住む人を幸せにすることだと思います」


 みちが淡々と話す。そこからは何を考えているのかは分からない。


 インターネット上でトランジェンダーに対して差別的な書き込みをしている人も多く、トランスヘイターが活躍している世界。それよりもこの世界はもっと生きやすくなるはず、そう私も思った。


「日本に行くよりは簡単ですし、国のためにもなります」


 魔女がそう話をしめた。王女様は黙って考えている。


 今日トランスジェンダーのことを知ったのだ、答えを出すのは無理だろう。じっくりいっぱい考えて欲しいな、そう私は願う。


 これはすぐに答えが出る問題じゃない。そこでできるだけたくさん考えて、自分にとって最適な答えを出して欲しい。


「まあ色々と日本の情報を手に入れて考えてみた方が良いかもしれません。ところで2人とも日本で戻りませんか? そこで情報を手に入れて、教えて欲しいです。メールやズームとかここでも使えますし」


「大丈夫です。お願いします」


 メールやズームを使うことが出来る。それによってますます異世界感が消えた。インターネットが繋がっているなら、メールとかは使うことができるのは当たり前。それでもなぜか異世界だから、そういうのとは無縁だって思ってしまう。


「お願いします」


 みちも答えたので、元の世界へ戻ることとなった。






「もう夜の10時やん」


 ラジオからイケボなパーソナリティの声が格好いいBGMとともに聞こえる。これは夜10時から始まる番組だ、間違いない。


「うわっ本当やん。空真っ暗やし」


 異世界にいるときはドタバタしていたからなのか、世界を移動するのに時間がかかるからかは分からないけど、もう夜の10時。


 一度も食事を取らなかったのに、不思議と空腹を感じない。てゆーかもうそろそろ寝る時間やん。どないしよう。


「さっきまでのは夢だったんやな」


「いや、そうやなくて現実やで。さっきまでよく分からない、異世界に私達はいたんや」


 今着ている服、そして私達が朝着ていた服が入った鞄、魔女と連絡先を交換したこと、何よりも異世界に行ったことを私達は覚えている。


「それにしても12時間以内しか異世界におらへんかったな。帰ることができるなら、もうちょっとおってもよかったかも」


「この世界では違法らしいやからしゃーないやろ。じゃあもう寝ないといけないから、家へ帰るね。さよなら」


「さようなら。明日もまた来てね」


 私は靴を脱いで家の中を歩き、玄関で自分の靴を履く。


 12時間しかいなかった異世界。今は大して何も変わっていないけど、これからの人生を変えてくれるような大きな出来事のような気がした。

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