第三章 元の世界へ帰りたい
「ではこれから元の世界へ戻ることの出来る魔法を使えるように頑張りましょう」
王女様達が教室から出て行ってから少し経った後、簓木さんが戻ってきた。
「はーい」
たくさんの宝石が入った箱、魔法陣らしき図が書かれた紙。これらの物をこれから使うみたい。
「魔法を使うには媒体がいります。まず自分にあった媒体を探します」
「どうするんですか?」
「この宝石を持ちながら、魔法陣を触ってください。そうすれば分かります」
私は言われたとおり箱の中から適当に取りだした意思を持ち、魔法陣に触れる。
「これで魔法が使えるんですか?」
「はいそうです。ぴったりの媒体があれば、この魔法陣が光ります」
「そうなんですか」
みちは他人事のように、呑気な顔をして見ている。
「そもそも私は媒体なしに魔法を使ってこちらに来たのですから、何もしなくても大丈夫じゃないですか?」
「いやいやそんなことないです。普通は媒体がいるんです。強い魔法道具なら媒体が無くても使えるらしいですが……」
「そういえばあのブレスレットは優秀な魔法道具だったかもしれません」
なんせ私はこの世界へ行こうとも何かしようとも考えなかったのに、魔法を使うことができたのだ。相当優秀な魔法道具だったはず。魔法道具が何なのか分からないし、ブレスレットもどこかに行ってしまった以上検証はできないけど、そう思う。
「じゃあどんどん試していきましょう。どれかは当たるかもしれません」
何度も石を変えて試してみる、でも魔法陣は光らない。
「魔法を使ったことがないんでしょね」
「はい、存在自体知りませんでした」
「普通は魔法使いしかここには来ないです。魔法使いじゃない人がここに来ることができたのは珍しいです」
「そんなに珍しいですか?」
現に魔法使いではない私がここに来ることができているので、他の人にもできそうだ。
「珍しいですよ、というか普通ありえないです。魔法使いじゃない人は魔法を使おうとしないのが普通じゃないですか?」
「それもそうですね」
今まで魔法の存在自体知らなかったので、簓木さんの話を信じることができる。
「ぼくも魔法のことは信じられなかったです。とはいえ今異世界来ちゃっているので、何かしらの事情はあるかなって思います」
「そうですね。そもそもここへ来るために使った物ってありますか?」
「それがどこにもないんです」
それがあれば帰ることができそうだ。なのにここへ来るときに持っていたはずのブレスレットはどこにもなかった。消えたのか元の世界にあるのか、どっちかは分からない。それでも今ここにないのは事実だ。
「その物は誰からもらいましたか?」
「知らない人です。通りすがりの人に押しつけられました」
魔女っぽい格好だったので魔法使いではあったかもしれない。知らない人なので、本当に魔法使いかだなんて分からない。
「通りすがりの人ですか……」
「それやったら誰か分からんやん。てゆーことはさくらちゃん、頑張る他ないやん」
「それもそうですね」
ブレスレットがどこかいってしまった以上、みちの言うとおり頑張る他無い。
さっきまでとは違う石を試してみる。
「駄目です」
「もしかしてこの世界にない石が媒体って可能性あるかもしれません?」
みちは石の入った箱を見て、考えている。確かに宝石とか天然石はいっぱいあるから、この世界と元の世界でとれる石は違う可能性はある。それで私の媒体が元の世界だけで取れる石って可能性はあるかも。
「うーん、それはないです。世界は確かに違いますが、取れる石は同じはずです」
3人で魔法陣を見ながら考える。
色々な石を試してみるけど、どれも外れ。果たして私の媒体となる石はあるのかな、分からない。
「すみません、ここに王女様はいらっしゃいませんか?」
さっき王女様と一緒にいた3人がばたばたと教室の中へ入ってきた。
「来ていませんが、どうしましたか?」
王女様どころか、他の人もここへは来ていない。
「王女様、いないんだ」
「私達が目を離した好きにどこか行ってしまわれたのです」
3人は不安そうに、教室のあちこちを見る。
「そーいえばさっき王女様はさくらちゃんの持っていた本を必死に見ていました」
「まさか魔女様のところへ行ったかもしれません」
「では失礼します」
3人は来たときと同じく、ばたばたと出ていった。みちの発言を聞いて、何か思いついたことがあるみたい。
「王女様は魔女に話をよく聞きに行くんです。特に日本関係で分からないことはあるときは、すぐに出かけます」
不思議そうに3人を見ている私達に、簓木さんが説明してくれる。
とはいえこんな風に友達を振り切ってまで行きたいものかな?
そもそも簓木さんも知っているなら、秘密の行動じゃないはず。友達に言ってから魔女のところへ行けばよかったのにね、王女様は。
仲がいい人にも言えないこと。それってなんだろう? 気になったけど、異世界人である私にはどうしようもできない。
「ところで王女様に見せた本って何ですか?」
「これです」
私はさっき王女様へ見せた本を、簓木さんに渡す。
「この本ですか、初めて見ました」
「日本でも知らない人が多いですから……」
性的少数者のことがあちこちで取り上げられることが増えたとはいえ、知らない人も多い。今は2022年で、元号が令和になってからかなり時間が経っている。でも昭和が終わりきれていない日本では、性的少数者のことが知られることは難しいかもしれない。
そこで異世界人である簓木さんは知らなくて当然だ。
「うーん、これは魔女にこのことを説明した方がいいかもしれません。2人ともこの本のことは詳しいんですね」
「ざっとある程度は知っています」
「詳しい方だと思います」
実はみちのほうが私よりも性的少数者の事を知っている。私は性的少数者のことを勉強中だから、知らないことの方が多いのだ。
「ならば魔女のところへ行ってくれませんか? もしかしたら王女様はこの中の何かに当てはまると考えて出かけたのかもしれません。そうすれば魔女にも対応は難しいでしょう」
「それはそうです。でも魔女がどこにいるかは知らないです」
みちがこれまでにないほど積極的になる。なんでだろう? 引きこもりだから、人と話すことをあまりみちはしたくないはずなのに。
「魔女のところへは案内します」
「あのう、魔法の練習はどうしますか?」
今まで上手くいっていない魔法の練習。ぶっちゃけこの国の王女様のことよりも、私は元の世界へと戻りたいって。
「大丈夫です。魔女なら他人を上手く元の世界へ戻すことが出来ますから」
ということは私の今まで頑張ってきたことは無駄になってしまったみたいだ、悲しい。
「そういうことなら最初から魔女のところへ行けばよかったのではないでしょうか?」
「そーですね。魔女とはあんまり関わりたくないんです。変わったお方ですから。今回は仕方ないですが」
簓木さんは嫌そうな顔をしている。どうやら魔女とできるだけ会いたくないみたいだ。
「では魔女のところへ行きましょ」
みちもやる気だし、ここは行くしかない。
王女様は王族。この世界では優先させなければいけない。そうは分かっていてももやもやが残る。王女様が自分で行動したら、ほっといても良いはずなのに。
「ありがとうございます。では魔女の住むところまで案内します。山を登るので少し大変です」
「人里離れたところに住んでいるのですね」
「そうです。強い魔力がありますから、魔女は他の人と関わることを好みません」
それを聞いてげんなりするみち。
王女様が1人で行く事ができる場所だから、危なくはないはず。とはいっても引きこもりのみち、少し歩くだけでめっちゃ疲れるから、大変だろうな。
学園から出ると、しばらくの間黙って歩く。
途中で私達がここの世界へ着ていた服が入った鞄を受け取る。持ってきた本もその鞄の中へ片付けた。どうやら今着ている服や鞄などは返さなくて大丈夫らしい。王女様を探しにいく報酬としてくれる、ということになったみたいだ。
「ここから山を登ります」
「かなり自然豊かです」
例えるなら田舎の山だ。若草山のような開けた感じがなく、生駒山のような建物もない。草木が主役の山みたい。
「魔女が住みますから、他人がほとんど来ないんです」
田舎でもなさそうな山道を前にして、みちはともかく私もげんなりする。
私は今履いているのは、ここで用意してもらったヒールつきのお洒落な靴だ。こんな靴で山を登ったら、絶対靴擦れをしそう。
「大丈夫です。皆さんに強化魔法を掛けますから」
「強化魔法って何ですか?」
山を登れるよう、体力を強化してくれるのかな?
「体力、体の強度をよくしてくれます。これで誰でもこの山を登る事ができるようになります」
簓木さんがなんやら呪文を唱える。
「体がふわっとします」
「あっ動きます、いいです」
私とみちはあちこち体を動かす。
今までにないほどの体の軽さ、それに驚く。これが強化魔法の影響かな。
「ではこちらです」
綺麗に整っていない道を、簓木さんの後ろについてなんとか歩く。
少し歩くと、小さな小屋に着いた。
「ここが魔女の小屋です」
簓木さんは慣れたように小屋へ近づくと、ドアをノックした。
「失礼します。簓木です。王女様はいらっしゃいますか?」
「いらっしゃいますよ。あら異世界人ですか?」
ドアが開くと共に、西洋フランス人形みたいな可愛らしい女の子が出てきた。この人が魔女かな?
「はい、そうです。色々あってこの世界へ来ました」
「日本出身の人ですよね」
「はい、そうです。日本から来ました」
「ということは王女様が知ったことを教えたのも貴方たちですよね」
「はい、そうです」
みちが魔女と一生懸命話している。魔女は私達のことが気になるらしい。知り合いであるはずの簓木さんの方を一度も見ずに、私達とだけ話している。
「じゃあ異世界の人だけ来て下さい。簓木さんがそこで待って下さい」
魔女は私とみちだけをつかみ、小屋の中へ入れる。簓木さんを中にいれようとせず、鍵を閉めた。
「このこと簓木さんには知られたくないんです」
どんどん叩かれるドアを無視して、魔女は笑顔で話す。