第二章 まさかの異世界
一瞬空を飛び、すぐに落下した。
気がついたら水の中にいる。これまさか池とか海とかに落ちたのかな? いやありえない。さっきまでみちの家にいたはずなのに、なぜ外にいるんだ。
「人が落ちたぞ~」
「空に人が急に現れた」
何人かの話し声が聞こえる。もちろん知らない人しかいないみたい。
「大丈夫ですか?」
水の中から、ぐいと体が引き出される。
「これはもしや異世界人なのではないでしょうか?」
そこには淡い緑色の髪をした人がいて、私と同じようにみちを池から救出している。何よりも私の周りには、見たこともないほどのカラフルな髪の人がいた。
「その可能性が高いです。お嬢さん達は日本人ですか?」
「はい、そうです」
異世界と言いつつ、日本語が通じるみたい。これも小説や漫画とかでよくありがちなご都合主義なのだろうか?
「そちらの人もですか?」
「はい、日本の奈良県です。ていうかさっきまで室内にいたのに、なんで外に出とるんや」
みちは外を驚いたように見ている。そういえばみちは引きこもり生活を送っているから、久しぶりの外出ってことになるんだ。
いやそれよりも自分のこと。私も恐る恐る周りを見る。
私達がさっきまでいた池に、豊かな木のいっぱいありそうな森。そして何よりも西洋ファンタジー風なファッションをした、現実味の薄い人々。
うん、どうなっているのか私には分からない。というよりもここはどこか。
「簓木さん、どうしますか?」
「とりあえずお城へ連れて行きましょう。なぜここに来たのか事情を聞かないといけません」
「そうですね。では2人ともこちらに来て下さい」
私達は誘われるままに馬車へ乗り込む。馬車って始めて乗るんだけど、車と大して変わらない。
少しの間馬車に乗っていると、とある建物に着いた。ここがお城なのか。こぢんまりとした学校のようには見えるけど、私がイメージする西洋ファンタジー風のお城では全くない。
「ではまず着替えて下さい」
私とみちは別々の部屋に案内されて、そこで着替えることになった。
用意されていたのはどこでもよく見かけるような下着に、シンプルなワンピースとエプロンだった。布で体や顔を拭いて、その服に着替えてみる。用意されていた可愛い靴を履いたら、完成。
着替えが終わってから何もすることもなく、窓の外を見る。そこには写真でよく見るような、どこにもありそうな自然がある。少なくとも西洋ファンタジー風の現実離れした風景ではない。
「お着替え終わりましたか?」
「あっはい」
「こちらの本、持ってきたものですよね?」
「はいそうです。ありがとうございました」
光を消そうとして持った本、それをここへ持ってきてしまったみたいだ。ビニールで厳重に梱包していたから、本自体は濡れていないみたい。よかった。
それ以外の物はこっちの世界へは持ってこなかったみたい。怪しげなブレスレットもどこにもない。
「では少しお話を聞きたいのですので、他の部屋へ移動します」
茶髪でメイド服を来た人に案内されて、少し広めの部屋へとついた。そこにはこざっぱりとした格好のみちと、さっき助けてくれた淡い緑色をした髪の人がいた。
「簓木木々です。よろしくお願いします」
西洋ファンタジー風世界なのに、名前が思いっきり日本人風だ。おまけに今も日本語が普通に通じている、これじゃあ異世界って感じが全然しない。なんかわけわからないところに連れてこられただけに思ってしまう。
「小西さくらです。よろしくお願いします」
「三条充世、みちです。よろしくお願いします」
「ところでこちらには魔法でしか来ることはできないのですか、どちらが魔法使いですか?」
唐突に簓木さんがそんなことを言い出す。
当然のことながら、私達は魔法使いではない。そもそも魔法なんて、私の世界では使えないはずになっている。
「私魔法使えません」
「ぼくもです」
「ということは事故かもしれません? 怪しげな道具とかさわりませんでしたか?」
「あっそれなら心当たりがあります。知らない人から怪しげなブレスレットをもらいました」
こんな事態になる前、怪しい人からもらったブレスレットだ。逆にこれ以外は怪しげな物なんて思いつかない。みちの部屋には新しい物なんてそんなに無いものだし、古くからある物が怪しければとっくの昔にこの事態に陥っている。
「もしかしたらそれが魔法道具かもしれません。最近多いんですよね。怪しい道具を使ってこちらに日本から来る人が」
「ということは私達、異世界転移してしまっています?」
「そうです。ここはあなたたちが住んでいるのとは全く違う世界です」
異世界転移、その言葉に固まる。
色々な異世界転移を扱った小説を読んだことがあるけど、どれも元の世界に戻れないってオチだった。ということは私達、残りの人生はずっとこの世界で暮らしていくってこと?
「ということは元の世界へは戻れないってことですか?」
「いえ、それはありえないです。WEB小説とかじゃありませんから、戻れますよ」
異世界の人からWEB小説という言葉が出てくると、違和感が残る。だけどそれ以上に戻ることができるのを知ってほっとした。
「どうやったら戻れますか?」
みちが私の後ろから、おどおどと話しかける。
「魔法です。みなさんがこちらへ来た方法と基本的には同じですよ」
「魔法ですか……」
こっちに来た方法が分からない以上、魔法でどうやって戻れるのか分からない。
そもそも私は魔法がある事自体知らなかったので、うーんこれからどうしたらいいのかな?
「簡単な魔法ですよ。ある程度魔法が出来たら、誰でもできます。ただし他人を異世界へ戻すことが出来るのは、魔女様しかいらっしゃいませんので、もし2人が魔法を使えないのなら時間がかかります」
「自分ですることもできるんですか?」
できることなら自分の力で戻りたい。簡単だというなら、私にもできないかな。
「これでどれだけ魔力があるか分かります。ある程度の魔力があるなら、できます」
少し大きめの水晶を簓木さんは机の上に置く。
まずはみちが水晶に手をかざしてみるけど、反応はなにもなし。次は私が手をかざす。
「これはかなり強い魔力があります」
簓木さんの言葉の後に、水晶が光り始めた。きらきらと、みちの時とは別に水晶のように綺麗に光り続けている。
「本当ですか?」
「普通なら軽く色づく程度で、これだけ光るのは難しいです」
簓木さんは興奮したように水晶を見る。
確かに水晶は普通光らない、これは魔法がある世界の、特権かもしれない。
「魔力が多かったら、どないなるんですか?」
「自分の力で戻ります。他人だけを移動させるのは難しいですが、自分と他人を移動させることは楽ですから」
どうやらこの様子だと、元の世界へ戻ることはできるらしい。
そりゃあ現実は創作と違う。でも現実の方が厳しくて、こんな風に創作よりも甘い異世界があるとはかんがえもしなかった。
ていうか私、よくいる異世界チートな人になっている。みちはそうじゃなかったのに、一体どうしたんだろうか?
「まるで異世界チートみたいな展開ですやん……」
「まあ異世界に来ることができるのは魔力が多い人だけですから、当然なんですけどね」
「そうでしたか」
世界を移動することが出来る人は魔力が多いのは当然で、チートではないらしい。その事実に少しガッカリする。
「じゃあ魔法学園へ行き、魔法の勉強をしましょう。できるだけ早く元の世界へ戻った方が良いです。なんせ貴方たちがいた世界では異世界、こちらの世界へ来ることは禁止されていますから」
「禁止なのですか?」
知らなかった。魔法を使えることを知らなかったから、それは当然かもしれないけど。
「ということはすぐ戻らないと捕まるんですか?」
みちは怯えたような顔をしている。引きこもりのみちは赤の他人とあんまり関わりたくないから、捕まりたくもないだろう。
「そうかもしれないです。私にはあちらの事情は分かりません」
私も分からないよ。とにかく元の世界へ早く戻らないとヤバいってことは分かった。
私達は簓木さんに案内されて、とある建物につく。
「ここが魔法学園です」
どうやら学校らしく、こーいうのが苦手なみちは私の後ろに逃げ込む。
「今日は授業がありますので、空いている教室で行います」
制服を着た人々をかきわけるように歩き、人の全くいない教室へ案内してくれた。
学校は日本の物とほとんど変わらないように見えた。少なくとも異世界っぽさは全然ない。日本語があちらこちらに登場しているので、外国っぽさすら感じない。
本当にここは異世界だろうか? 疑問に思った。
「準備してきますので、この本を読んでください」
簓木さんはとある本を私に渡して、教室から出て行ってしまった。
「学校内の雰囲気といい、教室といい、全く異世界っぽくないやん」
「それもそうやね」
なじみのない地域、例えば関東の高校と言われた方がしっくりくるような教室の中だ。身近にある学校とは雰囲気が違うけど、異世界の学校という感じは全然しない。
「これ完璧に日本語やん」
渡された本をパラパラと見ても、怪しいところは何もない。元の世界と同じような本だ。
「みんな普通に日本語を話しとるし、異世界って感じ全然せえへん」
「私もそう思う」
だけどここは異世界のはずだ。さもないと魔法なんて言葉使われるはずない。魔法学園だって、私がいた世界にはなかったのだから。
「そもそも私が魔法なんて使えるんやろうか? 今まで使ったことあらへんけど」
「そやなー。ぼくもそこは信じられへん」
とはいえ今はこれに頼る他ない。私はさっき受け取った本を読み始めた。
「魔法を使うのは魔力と媒体が必要。媒体は人によって違うけど、宝石がメイン。金がかかりそうやな」
「そうやな。その宝石って誰が費用だすんやろうか?」
「うーん分からへん。そもそも私がここに持ってくることができたのは服と一冊の本だけやし」
本を片手にかなり悩む。
元の世界へは早く戻りたいけど、そのためには魔法が必要。魔法を使うためには、媒体を手に入れなくちゃいけない。
そこどうしたら良いんだろうね。
「あらあなた達は異世界から来た人かしら」
水色の髪に水色の瞳、何よりも涼しそうな神秘的な美少女が同じ制服を着た人達と一緒に教室へ入ってきた。
「はい、そうです」
「私は天宮天音、第一王女よ、よろしくね」
「王女様に粗相したら許しませんから」
「そうだよ。だから気をつけてね」
「……気をつけてください」
これぞ悪役令嬢とその取り巻き達ってことだろうか? 王女様の周りにいる人も身分が高そうだ。
「王女様が何の御用ですか?」
「日本のことを聞こうと思ったの。日本はこの国と文化が似ているのだから、興味があるの」
「そうですか」
王女様達の迫力にビビってみちは話そうとしない。そこで私が頑張って話をする。
「あら、この本、私ははじめて見たわ」
王女様が見ているのは、私がここの世界に持ってきた本だ。もしかして王女様は今までこういう本を読んだことがないのかもしれない。
「大丈夫です。アルファベットは読む事はできますか?」
私は本からビニールをはがして、王女様に渡す。
この世界にアルファベットを見たことがない。そこで王女様はアルファベットを読む事が出来ないかもしれない。となればアルファベットがガッツリ使われているこの本を読む事はできないかもしれない。
「大丈夫よ。アルファベットなど日本で使われている文字は読むことができるわ。ありがとう」
王女様は本をパラパラとめくり始める。
「ところでお二人は付き合っているのですか?」
ピンクと黄のグラデーションヘアーの可愛らしい女の子が話しかけてきた。
「いえ付き合っていないです」
「昔からの友達です」
みちも私の後ろから冷静に反論する。もちろん私達は交際なんてしていない。友達かどうかも微妙だけど、恋人関係にないことは確かだ。
「あらそうでしたの。仲よさそうだから、てっきりそうだと思いましたの」
「ところでどうやってこの世界に来たんですか?」
今度は黒髪で褐色肌のエキゾチックな美人が質問してきた。
「怪しいブレスレットの影響できました。あとなんか私に魔力があるからだそうです」
「なるほど、事故みたいで仕方ないです」
「ところでもう帰っちゃうの?」
最後にオレンジのショートカットで格好いい女の子が気さくに話しかけてきた。
「帰りますよ。異世界へ行くことは禁止されているみたいですから。こっそりかつ帰ります」
「禁止されているからこそ、こっちにいればいいのに。戻らない人、いっぱいいるから」
「それでも戻りたいんです……」
知らなかった、なぜこうなったかわからないという事実は誰にも通用しないかもしれない。
だとしてもこのままここにいるよりは、元の世界へ戻りたい。いくら元の世界がいづらくても、私はここの世界の人間じゃないから。
「今まで暮らしていたのと違う世界で生きるっていうのは大変なんです。完全なアウェーですから」
「そんなこと気にしなくて大丈夫だよ」
「異世界と言いますが、そこまで変わりませんわ」
「日本では機械、こちらでは魔法が発展しているだけの違いですわ」
いやいや、そんなことないって。魔法が普通に使われている世界っていうのが、いまいち信じられない。
「皆さんは日本に対して興味があるんですか?」
今まで隠れていたみちが表に出てきて、3人に対して話しかける。
「王女様と一緒にいるので、色々関わりがありますの」
「この国と共通点が多いですから」
「言葉が一緒だからね。話の内容が理解できるのは大きいよ」
「そうだったんですか」
みちは再び私の後ろに隠れて黙る。
「ところで王女様に渡した本はなんですか?」
黒髪の美人さんが、本を読んでいる王女様を不思議そうに見ている。
「性的少数者に感する本です」
「なんですか? 気になります」
日本と似ている、そこで異世界感が今まで全く無かった。でもこの人達は性的少数者の事を知らなそうだ。それはここが異世界であるという、証明になるのかもしれない。
「社会問題の話です」
「帰ったら、もうこちらへは来ませんの?」
ピンク髪の子が話を変える。
「違法ですから、来ないと思います」
「それは残念ですわ。ところで最近はどんなファッションが流行なのですか?」
「ファッションですか、うーん知らないです」
「僕も知らないです。というよりも皆さんの髪は地毛ですか?」
「あっこれは魔法で染色しています。元々は黒なんです」
黒髪をピンクと黄のグラデーションにする、それはかなり責めているし、アニメキャラのコスプレにしか見えない。
「そうなんですか。魔法で髪の色って染められるんですね。元々いた世界にはピンクの髪のひとがいないので、びっくりしました」
「えーそうなんですか? ピンクは可愛いって魔女様に聞いたんですが」
「アニメや漫画では見ますが、リアルでは見ないです」
その後どうでもいい話をして、それは簓木さんが戻ってくるまで続いた。
王女様はひたすら読書をしていた。それほど私が持ってきた本のことが気になったのかな? なんでかは私にはよく分からない。