03 属性
召喚された翌日。
「菖蒲、おにゃか空いたにゃ、ご飯食べたいにゃ」
「う、う〜ん」
菖蒲の上に乗り、前脚でフミフミして起こそうとするが、かなり疲れているようで起きる気配がない。
「いちゅもにゃら、こりぇで起きるにょに」
ゴルトは菖蒲の胸元に座り、顔を何度も叩いたが肉球と肉球周りの毛が気持ちよかったのか、菖蒲の顔はニヤけている。
菖蒲のだらしがない姿にゴルトは不機嫌になり、耳を水平に伏せた。
「こにょ!」
カプリと菖蒲の鼻を噛む。
「痛っ、も〜ゴルト、噛まないでよ」
甘噛み作戦が成功し、菖蒲は目を擦りながらベッドを出て、朝の支度を始める。
「あれ? チェストがない……って、ここ、私の部屋じゃない!!」
慌てた菖蒲は部屋を見回し思い出したように目を見開いた。
(あぁそうか、ここは日本じゃないんだっけ)
召喚が夢だったらよかったのにと、自虐的に笑う。
「菖蒲、おにゃか空いたにゃ」
「そうね、ご飯を食べに行こうか」
「にゃ」
ゴルトの長いしっぽがピンと立ち、菖蒲の歩くスピードに併せて足取り軽くついていく。
食堂につくと魔法使いたちが菖蒲の姿を認めた瞬間にざわつく。食事中だった塔の責任者が菖蒲に気づき、手を振る。
「おーい聖女様! 食事を受け取ったらこっちに来ないか?」
「はい! 行きます」
菖蒲は食事を受け取り、ゴルト用のご飯と水をもらう。昨日のうちにゴルトの食べられる物を料理人に伝えたので、茹でた肉と野菜をゴルトの食べやすい大きさに切りそろえてくれたものを用意してくれた。
料理人にお礼を言い、菖蒲とゴルトが責任者のもとへ行こうと歩き出すと魔法使いたちから奇異な目を向けられ、ささやきが起こる。
責任者のいるテーブルにつくとゴルトのご飯を床に置き、菖蒲はイスに腰かけた。
「昨夜は眠れたかい?」
「はい、ぐっすり眠れました」
「それはよかった」
責任者は食事に手をつけていなかった。どうやら菖蒲が来るのを待っていたようだ。
「食事が終わったら、ついてきてほしい。聖女様の名前や年齢など聞きたいし、どんな能力があるのか、確かめさせてもらいたい」
「ゴルトも連れていきますが、いいですよね?」
「ああ、ゴルトも調べさせてもらっていいか?」
責任者はゴルトに視線を向けると、口の周りを舐めていたゴルトが責任者に視線を合わせた。
「調べる? まぁ、いいにゃ」
「協力してくれるか。ありがとな」
「にゃ」
食べ終えたゴルトは毛づくろいを始める。周りの魔法使いたちは不思議そうな面持ちでゴルトの仕草を観察している。
魔法使いたちの視線で気が散るのか、毛づくろいをやめて視線の先に顔を向ければ一斉に顔を背けられた。
「にゃんだよ、失礼な奴だにゃ」
ゴルトの長いしっぽが苛立ちを表しているのか、床を叩くように左右に振られている。
食事を終えて責任者の執務室に通された。
「さて、俺は魔術の塔の責任者で魔法使いのトルード・アルムガルトだ。聖女様、これから質問をしますがいいですか?」
「はい。どうぞ」
座り心地のいいソファーに腰をかけると、ゴルトはソファーに置かれたクッションに頭と左前肩を預け、優雅に寝そべり目を細くした。
「聖女様の名前は?」
「時實菖蒲」
「トキザネが名字でアヤメが名前ですか?」
「はい」
「アヤメ様の年齢は?」
「十七歳」
「趣味や特技は?」
「趣味は園芸、特技になるかな? 剣道です」
「ケンドウ?」
聞き慣れない言葉にトルードの眉が上がる。
(分かんないよね。そうだ!)
菖蒲は立ち上がり、錫杖を竹刀に見立て、実演してみせた。
「剣術ですか?」
「まぁ、似たようなものです」
「ふむ」
トルードは納得したようにうなづく。
「ちょっと失礼」
トルードは菖蒲の手を取る。爪先からスゥッと何かが流れこむのを感じた。
まるで高熱を出したとき、病院で点滴の処置を受け、体温より低い点滴液が身体中の血管を巡るような感覚に似ている。
「魔力はあるみたいだな」
手を離し、書類に書き留めていく。
(へぇ、私に魔力があるんだ! ファイヤーボールとか、放てるかな?)
ファンタジーの世界みたいに魔法を使いこなしている姿を思い浮かべたら、気分が高揚してきた。
「私も魔法が使えるの?」
「使えるだけの魔力はあるが、魔法の知識を学び訓練次第だな。後は鑑定させてもらおうか」
鑑定の言葉にキョトンとしていると、トルードは菖蒲の頭上を見つめている。
『アヤメ・トキザネ。 剣士、生物意思疎通、水属性、毒耐性』
(生物意思疎通……? どんな能力なんだよ! 規格外すぎるだろ)
トルードは心とは裏腹に冷静に告げる。
「アヤメ様の能力は剣士、生物意思疎通、水属性、毒耐性とあります」
「生物意思疎通? なにそれ?」
菖蒲は不思議そうに首を傾げた。
「初めて見る能力ですが、多分、人類以外の生物と交流や会話ができるのではないかと。魔法は水属性ですね」
「えー、水なの? 火属性だったらよかったのに。ファイヤーボールとか、かっこいいのに」
残念そうにつぶやいた。トルードはゴルトへと視線を移し、ゴルトの名を呼ぶ。呼ばれたゴルトは菖蒲の膝の上に乗り、胸元の毛づくろいを始める。
「アヤメ様、ゴルトについて質問しますのでお答えいただきたい」
「どうぞ」
「ゴルトの種類は?」
「猫です」
「ネコ」
「年齢は?」
「一歳」
「ゴルトの性格は?」
「おおらか、甘えん坊で食いしん坊かな」
「ふむ」
ゴルトの情報を書き留めたトルードはゴルトの前脚を触る。
「ちょっと失礼」
トルードはゴルトに魔力を送り、魔力を探る。
「ほぉー、アヤメ様よりゴルトのほうが魔力が多いですね」
「えー、私、ゴルトより魔力が劣るのぉ……何か複雑」
ガッカリ感を漂わせて菖蒲はつぶやいた。
「で、ゴルトの属性は………………」
淡々と質問を繰り返していたトルードは無言になり、ゴルトの頭上を見る目が大きく開いた。
ゴルトの前脚を持つ手が震えている。
菖蒲はトルードの雰囲気が変わったことに気づき、ゴルトに何かあるのかと心配になり、声をかけようとした瞬間、トルードが叫ぶ。
「嘘だろう!? 我々すら持つ者が少ない属性を、ゴルトが持っているというのか? ありえない!」
トルードは取り乱し、ぶつぶつと独り言をつぶやいている。
豹変したトルードにびっくりして菖蒲の膝からピョンとジャンプしてソファーに乗ったゴルトの瞳孔が開いている。
菖蒲もおどろいてビクリと身体が揺れた。口を挟める様子ではなかったので、トルードが落ち着くのを待つことにした。
(どうしちゃったんだろう? ゴルトの属性に何か問題でもあるのかな?)
しばらく考え込んでいたトルードが我に返る。菖蒲に心配そうな眼差しを向けられていたことに気づき、顔が熱くなる。
「あ、や……年甲斐もなく取り乱してしまったな。みっともないところを見せてすまない」
ゴホンと咳ばらいをしたトルードは場を改めるように菖蒲に向き合う。
「……ゴルトなんだが、聖属性の持ち主だ」
「……へ? 聖属性? ゴルトが? 聖属性!?」
膝の上でくつろいでいるゴルトは菖蒲を見上げる。
「菖蒲、どうしたにゃ?」
瞳孔が開いたゴルトはものすごくかわいい。ゴルトの瞳は瞳孔のまわりがアクアブルーで瞳の色はグリーンという珍しい瞳をしている。そんな目で見つめられるとハートをわしづかみにされる。
「ゴルトはかわいいねぇ」
菖蒲は顔をゆるめてゴルトのひげのまわりとあごの下をゆっくりと撫でる。ゴルトも気持ちよさそうだ。
「ゴルトは聖属性なんだって」
「聖属性?」
「ケガを治せる力があるんだよ。多分」
「ふーん」
菖蒲に撫でられて嬉しいのか、聖属性だと聞いてもピンとこないゴルトは関心がないように返事をした。
『ゴルト。新種、聖属性、大小自在、毒耐性』
ゴルトの頭上に浮かぶ文字に、トルードは困惑を隠しきれない。召喚された聖女とついてきた動物に見たことのない文字が並ぶ。
(新種……はまぁ、分かる。この世界にはいない動物だからな。しかし……大小自在って、何だよ、オイ! あ〜、訳分かんねー)
トルードは心のなかで悪態をつく。
聖女関連の資料に目を通していたが、歴代の聖女の能力は似たり寄ったりだった。
歴代の聖女とかけ離れた能力を持つ菖蒲とゴルトはいったいこの世界に何をもたらす者なのか。
一抹の不安がトルードの胸をかすめた。
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