02 怒りと悲しみ
待ちくたびれた菖蒲は扉を大きな音をたてて開けた。近くに人がいれば、音を聞きつけて来るはずだ。
廊下に出て腕を組み、長い廊下を睨みつけている。
不意に人の気配を感じて振り返る。急いで駆けつけたらしい魔法使いが立っていた。
「聖女様、どうされ……」
魔法使いの言葉をさえぎり、菖蒲は怒りを抑えられずに怒鳴り散らす。
「ちょっと! すぐに飲み物を持ってくるとか言って、誰も来ないじゃない! なんなのよ? あんたたちの都合で勝手に召喚しといて何も説明もなく、何時間も部屋に放置するの? この国は礼儀を知らないわけ?」
「え? 確か頼んだはずなのに、おかしいですね……」
しどろもどろで答えるが、廊下には人影がない。まるで隔離されているように。
「とりあえず、責任者のところに連れていって」
「は?」
「いいから早く!!」
「はい!」
背筋をピンと伸ばした魔法使いは菖蒲の剣幕に驚く。菖蒲は扉を閉めようとし、
「ゴルト、お留守番していてね」
「俺、おにゃか空いたにゃ、にゃにか食べたいにゃ」
「わかった。ゴルトのご飯をもらってくるね」
「にゃ」
菖蒲は扉を閉め、魔法使いを促す。魔法使いもしぶしぶ歩きだした。連れていかれた先は魔法の塔のようだ。
中に入るとたくさんの魔法使いがいる。そのうちの一人が菖蒲に気づき、顔をこわばらせた。
「なぁ、聖女……」
菖蒲を連れた魔法使いが話しだした途端、周囲がざわつく。
「おい! 何でここに連れてくるんだよ」
「今回の召喚は失敗だ! あんな変なモノを連れたやつが聖女なもんか!」
「それより、どう処分すればいいんだ?」
(変なモノって、ゴルトのこと? 失敗? 処分って……)
魔法使いたちの身勝手な発言に菖蒲はうつ向き、身体が震える。怖いのではなく、猛烈に怒りが湧いてきたのだ。
近くに立てかけてあった錫杖を握りしめ、机に力いっぱい叩きつけた。
勢いよく錫杖を叩きつけた音に驚いた魔法使いたちは振り向きがく然とする。机にへこみ傷と折れた錫杖を放り投げる菖蒲がいた。
「ねぇ、失敗ってなに?」
少女が発するとは思えない低い声でつぶやいた。
「処分って、誰を処分するつもり!?」
部活で大声を出してきた菖蒲の怒鳴り声は塔全体に響く。何事だと、魔法使いが次々と駆けつけてきた。
怒鳴られた魔法使いたちは恐怖で萎縮しているが、菖蒲には関係ない。
先程の発言した意図を確かめるために、威圧的な態度で立っている。
「さっさと答えなさい!!」
周りから小さくヒッと悲鳴があがる。
「一体何の騒ぎだ?」
菖蒲の後ろから声がかかり、声の主を確認するようにゆっくりと振り向いた。
声の主は風格から塔の責任者だと気づき、責任者を睨みつけた。
青年から初老の魔法使いたちは菖蒲を取り囲んでいたが、菖蒲は怯まなかった。
ゴルトをどうするつもりなのか、ゴルトを守らなければと菖蒲は責任者に詰め寄った。
「ずいぶんと勇ましい聖女様だな。聖女様がなぜここに?」
あごを撫でながら責任者は口を開く。菖蒲は無言で責任者を威圧している。菖蒲を連れてきた魔法使いがそっと耳打ちすると、責任者は目を見開いた。
「なんと、聖女様を放ったらかしにしていただと? 陛下は知っているのか? 聖女様に対し何たる仕打ちを」
責任者は苦悩の表情を浮かべ、右手で髪を掻きむしる。
「聖女様、数々の無礼をお許しください」
責任者は片膝をついて謝罪する。魔法使いたちも責任者にならい、謝罪をした。
「では、処分するって、どういう意味かしら?」
「それが……聖女様とともに召喚された異形のモノを処分しろと、陛下が……」
ゴルトを異形呼ばわりされてカチンときたが、この世界には“猫”という生物は存在しないらしい。存在しないものを目の当たりにすれば、恐怖を覚えるだろう。
(私だって、この世界で河童がペットだと言われたら、驚くと思う……仕方ないのかも)
菖蒲は怒りを鎮め、妥協しなければならないと考える。未知な世界に一人で放り出されたら、生きていけないだろう。
とりあえず、ここで世話になるか、日本に帰してもらえるのか、はっきりさせたい。
「私たちは日本に、元にいた場所に帰してもらえるの?」
「それが……残念ながら……」
「……そう」
愛読していた異世界マンガと同じように元の世界に帰れないと聞き、覚悟はしていたが、今まで頑張ってきた剣道や友達との時間、何より母に会えなくなるのは辛い。
剣道の試合に応援に来てくれたり、母の作るおいしいご飯を当たり前のように食べて、一緒に出かけてスイーツを堪能したり、母の誕生日にはお菓子を作りプレゼントしたら、お菓子の出来栄えを褒められて嬉しかったこと。
他愛のないことをしゃべって笑いあっていた日々がもう二度とできないのだと悟った菖蒲の目から涙がこぼれ落ちた。
突然泣き出した聖女に、魔法使いたちは戸惑う。先程まではすごい剣幕で怒鳴られ、高圧的な態度をとっていた少女が、元の世界に戻れないと知ると、貴族令嬢のように儚げに泣いている。
菖蒲を召喚した魔法使いたちに罪悪感が湧きあがる。召喚してしまったら元の世界に戻せない。
異形のモノを連れた聖女を陛下は見捨てるだろう。王宮で放ったらかしにされていたので、塔で面倒を見るしかないと責任者は覚悟を決めた。
「えー、聖女様。塔で部屋を用意しますので、ゴルト? とやらを連れてきてください」
「わかりました。さっきまでいた部屋に案内してください」
「はい」
菖蒲は涙を拭いてゴルトを迎えに行く。
「ゴルト」
「にゃ、菖蒲、遅いにゃ! ご飯はまだにゃ?」
菖蒲のそばに駆けてきたゴルトを抱っこする。ゴルトを間近で見た魔術師は見慣れない姿に恐怖心を抱いているようだ。
「じゃあ、戻りましょう」
「は……はい」
ゴルトは魔法使いに視線を向けると目が合った。魔法使いの身体がビクリと動き、喉が鳴る。
「にゃんだ? アイツは俺にょことが怖いにょか?」
「この世界には猫がいないんだって。こんなに可愛いのにねー」
「にゃふん」
ゴルトを連れて塔へ帰ると魔術師たちは遠巻きに見ている。
「この部屋を使ってください」
案内された部屋は菖蒲の部屋と変わらない広さだった。
「それでは」
「待って」
そそくさと立ち去ろうとした魔法使いを呼び止める。
「私たちはこの世界に召喚されてからなにも食べていないの」
「おにゃか空いたにゃ、ごはん」
「!?」
魔法使いは驚愕し、菖蒲にゴルトは人の言葉を話すのかと表情で問いかける。
「この世界に来たらしゃべりだしたの。私もびっくりしたわ」
「しょんにゃことよりごはーん」
「あ……はい。食堂に案内します」
魔法使いに案内された食堂で、菖蒲とゴルトはようやく食事とることができた。
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