18年前買ったTシャツを捨てる
31歳の頃らんどは洗礼を受け39歳には地鎮祭ならぬ起工式を牧師に授けてもらった。
福音教会のロゴが入ったTシャツを捨てたのが今年自身の大きなトピックとなった。
『Tシャツをハサミで切り刻むと電話がかかってきたね』
らんどは約1年前10数枚の衣類を切り刻んでいた際うれしい電話がかかってきたのを思い出し母に語りかけた。
今回うれしい電話はなかったが感謝の気持ちとともに可燃ごみ袋へTシャツを捨てた。
次のステージへと向かうようで嬉しかったが、大事なことは50歳代を迎えては新しいことを学ぶのではなく今までの経験をうまく使いながら無理をしないで動くことに尽きる。
単語も思い出せない時はメモをして書きながら無難に家や職場の仕事をこなしている現状に一定の満足があるという。
『そういえばやっと置き薬も解約したじゃない』母は息子に今年のもう一つのトピックを話してくれた。
過去は過去として終わりにして次に進んでいることに後悔はなかった。置き薬もペチャクチャ女性牧師のご指導で取り入れたのは10年ほど前であった。
家の起工式をした事実は変わらない。受洗後の棄教届を受理してくれるところも見つからない。できることは、その匂いのするものは消していくことである。
空のまた空という言葉を思い浮かべている。これも私が帰依していた教えの一説である。過去を整理し次へ向かっていく先がわかっているのではなく、過去をそぎ落としていくことでスッキリとした感覚を得ているようだ。