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8.後悔とワクワク

 村から出てこなければ良かった。そうすれば前世の記憶だって思い出すことはなかったかもしれない。変わってしまった彼に悲しむこともなく、ただ恋心を失うだけで済んだのだ。それに魔族の前に来ることも。


 漫画や小説で描かれる存在とは違う。実際に存在すれば圧があるし、こちらの世界では魔族は恐ろしいものだと教えられてきたのだ。恐怖と後悔が混じり合って私の身体を絶望へと取り込んでいく。


 丸まりながらスンスンと鼻を鳴らせば、はぁ……と長いため息が聞こえてきた。


「ああもう、何か事情があったんだな。分かったから泣くな。だが人間の働く場所なんて魔界にはないと思うがな……。騙されたんじゃないか?」


 魔王は困ったように頭を掻きながら、こちらへと降りてきてくれる。

 私から数歩離れたところで立ち止まると、ポケットをごそごそと探り始めた。真っ白なハンカチを取り出して「これを使え」と差し出してくれる。私が受け取ったのを確認してから数歩離れた。心配そうな視線はそのまま。


 もしかして私が怖がっているから距離を開けてくれているのだろうか。この魔王、いや、魔王様は案外良い人なのかもしれない。


 だがオリヴィエ様が騙すなんてことをするはずがない。私を騙したところで得することなんて一つもない。良くも悪くも私は聖女見習い。田舎の村で生まれ育ったので特別な血なんて流れていない。


 普通の平民である。人より少し魔力が多いといってもそれは平民にしては、という話で。使える魔法は低級付与魔法だけだし、顔だって平々凡々。魔族への生け贄にするにしたって、少し探せば私よりもずっとマシな人が見つかるだろう。


 ここはオリヴィエ様の言葉をそのまま告げるしかない。勇気を出して、正直に伝えることにした。


「魔法使いさんのサポートの仕事で」

「そいつ、ばあさんの代理だってさ」

 私の言葉を遮ったのは、ローブの男。先ほどまで誰もいなかったはずなのに、平然と私の隣に立っている。


「なんだ、タイラン。この者を知っているのか?」

「そいつと一緒に送られた手紙に書いてあった。二年後に引き取りに来るってよ」

 タイランと呼ばれた男は手紙と私を見比べながら、眉を顰める。手紙に書いてあったから伝えたものの、納得はいっていないのだろう。


 少なくとも歓迎はされていないのが丸わかりである。それでも私の身元を証明してくれたのはありがたい。


「私、オリヴィエ様の代理として魔界で働くことになったんです!」

「オリヴィエの代理ということは貴様、お菓子は作れるのか?」

「お菓子、ですか? 簡単なものなら作れますが」

「よし、ならなんでもいい。作ってみろ」


 魔王様はそう告げるとパチンと指を鳴らす。彼の呼びかけに応じて外からやってきたメイド風の魔人によってキッチンへと案内される。


 そしてその広さに目を疑った。なぜかキッチンだけで先ほどいた部屋の半分ほどの広さがあるのだ。王の間もかなり広かったが、やはり城の使用人の胃袋を満たすとなるとこのくらいの広さは必要なのだろう。


 ただ気になることがある。コックと思わしき人が二人しかいないのだ。どちらも男性で、全く同じ顔である。双子かな。

 関係性はさておき、城のコックが二人だけなんてあり得るのだろうか。不思議に思っていると、片方のコックがスッと何かを前に突き出した。


「こちらお使いください」

「あ、ありがとうございます」

 エプロンである。マイエプロンは実家に置いてきてしまっているので、ありがたく使わせてもらうことにする。


「ここにある材料は全て使っても構いません。なければ用意致しますので、遠慮なくお伝えください」


 調理台に置かれた材料はおやつ作りに欠かせない小麦粉・砂糖・卵・牛乳・バターなんかはもちろん、果物や野菜も一通り揃っている。鍋やフライパン、包丁は大きさや用途が違うものが沢山並んでいるし、オーブンに至っては六台もある。

 また今回は食材を全部出してもらっているので覗く機会はないが、私の背よりもずっと高さのある冷蔵庫が二つも並んでいる。


 半ば流されるようにやってきただけとはいえ、またお菓子作りが出来るのは嬉しい。それもこんな立派な場所で。前世でもこんな広くて調理環境の整ったキッチンで料理をする機会なんてなかった。


 何より、一人で作って食べるだけだと思っていたところに、食べてくれる相手が出来た。人間相手ではないけれど、私が作るものを楽しみにしてくれている点は変わらない。


 動揺よりもワクワクが勝った。

 さぁどんなものを作ろうか。腕をまくって、食材を眺める。


「それでは魔王様の舌を唸らせる品を作ってください」

「魔王様の好物を教えていただけますか?」

 作れるとは限らないが、好きなものを使ったりして多少寄せることは出来る。やはり好きなものが出てきた方が嬉しいだろう。そう思ったのだが、返ってきたのはあまりにも冷たい言葉だった。


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